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【物語】ハーモニー #4

 酒場では、いつも通り多くの町民でごったえがえしていた。ミアとザックはカウンター席に座りながら、セレナーデ図書館で得たステラからの情報とにらめっこをしている。メモに書留めた「Ⅱ」のマーク。これが一体何を意味するのかも分からないまま、頭を悩ませていた。
「こんなマークが一体どんな風に問題解決のカギになるっていうんだろうね。皆目見当がつかないよ」
「まあ、でもステラのばあさんはああ見えて、頼んだことはしっかり請け負ってくれる人だからなあ。デタラメな情報を寄越す人ではないだろうし…」
頭をガシガシと搔きむしりがら、苛立ちを隠せない様子のミアを励ますようにザックが言う。辺りには、むさ苦しいほど酒の匂いが立ち込めている。普段は何とも思わないのに、思考の迷路から抜け出せないでいる今は鬱陶しく感じてしまう。
「そんで、2人はこの後はどうやって調査するんだい?レシータとラファ―タに引いてもらう曲探しを」
織物屋のマギが心配そうな面持ちで尋ねる。
「まずは、この『Ⅱ』のマークが何を表すのかを突き止めないことには始まらないね。あんたたちは、このマークを見た覚えはないかい?例えば、どこかへ立ち寄った町や村のシンボルマークだってことは?」
カウンタテーブルに集まる町民たちは、次々に首を横に振った。そもそも、町から町へ遠出をする機会なんて、商業を営んだり、貿易関連の仕事を担ったりする者たちくらいだ。それに、いくら他の町へ足を運ぶことがあったとしてもいちいち町章を見ることなんて、まずないに等しい。
「困ったねぇ。ガチで1000メゾが無駄になったかも。あんな婆さんに頼るより、ピッコロさんに頼んだ方がマシだったかも」
いきなり白羽の矢が立てられたピッコロは目をパチクリとさせて、びっくり仰天といった様子だ。
「わ、わしに頼るじゃと?このわしに??いやいや、お前さんたちの役に立てるかどうか、そればっかりはどうにも...」
お茶を濁そうとしたピッコロだったが、思い立ったようにミアがこう言った。
「そういや、ピッコロさん。店の屋上にある花畑のピアノ、あれって正に呪いを解くために超重要になってくるものでしょ?埃とかかぶってないよね?」
「それは、大丈夫じゃ。手入れは欠かさないようにしておる」
「良かった~。あの双子たちのピアノ、どんな音色なんだろうね?一回聴いてみたいかも!」
パチン!と両手を合わせて夢見心地な表情を浮かべるミア。
「おい、遊びであの双子たちにピアノを弾かせる訳じゃないんだからな!」
「分かってるよ、そんなことくらい」
ザックに注意され、子供みたいに頬をふくらませて口答えをするミア。
「いやいや、ミアの言い分も一理ある。『クルヴィアより訪ねる旅人2人』。呪術書にある一文だが、レシータとラファ―タの二人組ではない可能性も否定できない。まずは、二人にわしのピアノの弾き心地を確かめてもらわねばな」

「ピアノを弾いてほしい、ですって?まだ楽譜も見つかってないのに?」
サーシャの宿でハーブティーを飲んでいたラファ―タが低い声で不満を漏らす。ザックとミア、そしてピッコロの三人は直々に双子たちにピアノを弾いてもらえないかサーシャの宿に足を運んだ。当初、双子は曲を提示していない状態でピアノを弾くのを嫌がるのではないか、と彼らは予感していたのだが、見事に的中してしまった。
「いやよ。弾くべき曲が分かったら弾く。以前そう言ったわよね?それまでは鍵盤に触れたくないわ」
ラファ―タは眉間にしわを寄せながら不服そうに呟いた。それを取りなすようにレシータがこう言葉を繋いだ。
「まぁ、そう気を立てなくても。今は演奏旅行を中断しているけど、本来は私たちは各国にお呼ばれして目が回る程の多忙の中。今は良い意味で息抜きができているのだから、少しくらい弾いてみても良いんじゃないかしら。それに、ここ数週間はピアノを全然弾いていないから指が鈍ってしまうわ」
にっこり微笑みながらレシータは三人に承諾の旨を伝えた。こうして双子たちはピッコロの店に向かうことになった。

 ピッコロの店の名は「アネモネ」。屋上には、亡き妻のグラツィアが好きだった花畑が広がっている。若葉色の草と共に色とりどりの花で敷き詰められた空間は豪奢で、息を飲むほどの麗しさだった。広々とした空間で、かつてはよくピッコロの得意客を招いて茶会やピクニックといったイベントを楽しんでいた。だが、そんな夢のような光景を前にしてもラファ―タの心はどんよりとしていた。何ともないかのように承諾をしたレシータも緊張した面持ちだった。心の中ではローゼンメイトの町民たちが楽譜探しを諦めてくれれば良いのに、とさえ願っていた。
「うわぁ、アンティークショップの屋上がこんなにきらびやかな花畑になっているなんてね!すごいなぁ」
無邪気な子供のようにはしゃぎだしたミアは両手を広げて、空気を胸いっぱい吸い込んだ。漂ってくる花の香りを心地良いと思いながら、日々の煩慮がこのときばかりは溶け去っていくようだった。だが、これはかりそめの安堵なのであって、幼子たち3人が氷から解放されるまでは本当の平安はもたらされないことを分かっていた。
「おいおい、あんまり興奮するなよ。主役はレシータとラファ―タなんだから。なぁ、あんたたちは演奏会とやらではいつも、あんな感じのでっけぇピアノを弾いてるのかい?」
音楽界隈や演奏会に疎いザックの問いに対して答えたのはレシータだった。
「そうね。大抵はピアノ職人の中でも巨匠と呼ばれるスタイシュ・イシュターのピアノを弾くことが多いわね。他のピアノと違って、なんというか...こう...…弾き心地がなめらかなのよ、彼のは。でも、ピッコロさんのピアノは恐らく、特注で作らせた世界で唯一のものだと思う」
「ほほぅ、さすがピアニストとして活躍されているだけある。その通り、本来ピアノに限らず楽器というのは水に生けた花や植物が近くにあると、傷んでしまったり湿度の関係で音色が変わってしまうものなんだ。だが、このピアノを設置するにあたり、知り合いの呪術師に魔法をかけてもらったのだよ。ピアノには永久に変わらない正しい調律音を、花々には一生枯れない水気を与える魔法を」
「へぇ、そんなことを一瞬で見抜けるなんて、やっぱり音楽家っていうのは違うんだね」
喜々と声色を弾ませながらミアが二人を褒めた。そんなことにはお構いなしといった様子で、悠然とピアノの方にゆっくりと近づいていった。レシータが右側に、その隣にラファータが腰掛けた。そして、互いに視線を合わせた後、一瞬の躊躇いもなく鍵盤の上で指を踊らせた。それはまるで、88鍵盤を用いた殴り合いのようだった。曲目は分からなかったが、長調と短調の音色がオーロラのカーテンのように互いを包み合いながら、ハーモニーを生み出していった。
初めて耳にする心地よい音色に癒やされながら、おもむろにザックはポケットの中に入れた「Ⅱ」のメモを取り出した。一体、このマークは何を意味するのだろう。再び、思考の迷路に囚われそうになる。いや、今は双子たちのピアノに意識を集中しよう。折りたたみ、再びポケットの中に仕舞おうとした。するとその瞬間、それまで何ともなかったその紋章が淡く黄色の光に包まれた。

2951字
ー第5話(最終話)へ続くー












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