サケガキレタ〔猫野サラさんへの一作〕


酒が切れた/
鮭が切れた/

イントネが違うだけ。
なのにきょうだいは聞き分ける。
あたいはちょっと混乱する。

みやさんのとこへ直行する。
鮭はどこ?

みやさんは半分眠った目で、あたいをふにゃーっとみてる。

鮭はないよ。
これは酒。
これは日本酒。
これはワイン。
これはビール。
これは…ウィスキーだっけ?

ウィスキーの中でもちょっと別。
ケンタッキー・ウィスキー。
バーボンともいう。

いつの間にかみやさんの傍らに力(りき)さん。
みやさんのこと、叱りたそうに見下ろしてた。

コーン・ウィスキー?

それは別物。
いー加減変なのみ方やめろよ。

だって飲んでないと…章(ショウ)のこと思い出しちゃうんだもん!

わっと泣き伏すみやさんの声の、甲高い響きはちょっと嫌い。
あたいは咎めるように、みやさんの前足に、ちょいとだけ手を置いた。


小杉章太郎。
みやさんが大好きだった同期の同僚。
今慰めに来てる百瀬力と三人、同期ルームシェア、まさに仲良しトリオだった。
男女の別なくこだわりなく、仲良く過ごして四年半。
この春、章と力さんだけが昇進した、このあたりから三人の関係がこじれた。
しかもみやさんはここ二年、章に、片思いしてたのだ。

もうこのまま三人もないでしょ?

勇気出して昨晩告白。
そしたらきっちり断られたのだ。
しかも!
ごめん、のあとが最悪中の最悪だった…

おれ、力が好きだから。

ががあああああああああん!!


振られただけでなく恋敵が男!?
しかも親友!????


みやさんの心で何かが割れて。
それからずっとサケなのだ。


サケをのむのは怖い。
小骨が刺さってしまいそうで。
大きい骨も怖い。
身もないくせに形はそのまま、サケの匂いもしっかりあるからだ。
きょうだいのすえっこがいなくなったのもサケのせいだった。

大きなおさかながいっぱいあった
もっかいみてくる

そういって出てってそれきりだ。
あたい、探しに行ったんだよ。
会えなかった。
影も形もなかった…


みやさんは、あたしら見ても、じゃまにしない。
どころか、いきなりサケくれた。
赤い肉。
引き締まった肉。
自分は水のサケのみながら、

おまえらかわいいねえ。

って言ってくれた。
でもでもでもでもでも。
いまのみやさんはいやだ!!


みやさんの前足に置いた手に、ちょっと力込めたら爪でた。

あたっ!

みやさんが前足を引いたので、あたいは引っ掻いた形になり、しかも爪端かかったまま、踏ん張ったら傷、大きくなった!

てぇっ!
ねこおおおおお!

個々に名前を付けられてないので、全部まとめて猫呼びするみやさんの、ちょっと怒った気配が室内に満ちる。
ままもきょうだいも逃げ散って、あたいはぽつねんと部屋の真ん中、逃げ場なし!


決めた。
おまえショウね。
あたし傷つけて平気なショウ…


決めつけて指差した手と、顔から倒れ込んだみやさんの頭の、隙間にぴったりはまったまま、あたいはじたばたするばかり。
みやさんの思い、みやさんのやるせなさ、そしてあたいに思いつきの名を押し付けて、みやさんは思い切り寝こけてしまったのだった。


ひどい女だよな。


力さんが隙間から、あたいを引っ張り出してくれた。
あたいは一目散で逃げ出すが、ちょっと距離をとったところで二人の人間を省みた。
力さんは立ち止まったあたいより、ぐーすか寝てるみやさんが気になるみたい。

俺が好きなのはおまえなのにな。
うまくいかねえな。

ちょっと寂しそうに笑った。
そうなのか!
そうだったのか!!


酔いつぶれたみやさんをベッドに運び終えてから、力さんはあたいをちらと見た。
次にキッチンに戻って、冷蔵庫からあれを出したのだ。

切ってやる。
その代わり、さっきのは内緒だぞ?

にゃーん。

と、意図しないうれしい声がでてしまい、気づくとあたいは力の後ろ足にすり寄っていた。

おまえほんとに鮭好きだよな。
決めた。
おまえの名前はサケ。
ショウじゃなくて、サケな。

決めつけられたころには、あたいは鮭の切れ端もらって、意気揚々と少し離れ、おいしい魚肉をはぐはぐしてた。
みやさんは朝までそのままおねんね。
力はあたいのきょうだいのために、次々切り身を作り続けてる。
そんな力がみんな好きで。
みやさんも頼ってて。
そうなんだよ。
結局みやさんも気づくよ。
誰がいちばん自分に優しいか。
章太郎君の好きなバーボンより、力が焼いてくれるムニエルのが、きっときっと好きになる。
あたいのなまえもきっと定着する。
酒じゃなく、魚の方で。
絶対だ。


それでも地球は回っている