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いのちをみつめる

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死んでしまいたいときとか、ちょっとだけ、ほんの一呼吸だけ置くことができたら…… そんな作品を、集めてあります。 生きよ。 そなたは美しい。     (宮崎駿『もののけ姫』より)
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#30年前の四百字小説

大平原を渡りゆくものたち〔生々しい殺戮シーンがある(かもしれない)ので、苦手な方はブラウザバック願います〕

かれらは大平原を横切ろうとしていた。
渡り切ったらそこにはきっと、おいしいごはんが待ってるのだ。
一緒に行くと言ってきかなかったルレを左に、ルレのきょうだい、ポドリヨンを右に、かれらはひたすら走っていた。
もうすぐ渡り終えられそうだったのだけど・・・

だめだ!くる!

叫んだルレが白いものに覆われたかと思うと、悲鳴を上げるひまもなく、いきなりぶしゃりと潰された。
翻って白いものは、今度はポドリヨ

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焼かれるおんな〔連想力・直感力の著しいかた、情景が生々しくリアルに浮かびすぎるかたにはお勧めできません〕

まるで焼却炉だと、私は思った。
でもあのゴウツクバリのババアが焼かれるんだから、こんな程度の場所でいいのよ。
こどもっぽい、きかん気の息子を押しつけられて二十年、その死後今度はあんたを看させられて十二年。
焼却炉ででも焼いてやらなきゃ私の憎しみはおさまらない。

精進落としのビールをやりながら、私の頬はもう半ば、だらしなく緩んでいたりもする。
その間も『彼女』は順調に、程よく焼かれてゆくのだが、誰

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畳む妻

洗濯物をたたみ終わると、桐子は小さく伸びをした。
右手はパー、左手はグー。
あんな伸びのしかたがあるもんか。
そう思って笑いかけてすぐ、背筋が凍った。
あの伸びのしかたは玲子のものだ。
二年前に逝った・・・
だがどうして玲子の伸びを桐子が・・・
二人は全く知り合いじゃない。
ああ、ただ・・・

玲子は自分の死の直前、僕に再婚を約束させた。
それもすぐにと言い張った。
僕は彼女に導かれるように、桐子

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追悼

追悼登山に行くという義兄を、私は止めきることができなかったが、そんな私をあざ笑うかのように、その日も山は大いに吹雪き、義兄は二度と戻らなかった。
義父のときもそうだった。
ご友人の追悼登山にゆくのだと言ってきかず、結局吹雪にのまれてしまったのだ。
これでは全くの繰り返しではないか!
警察は繰り返し、登山者たちに言っている。
追悼は平地で!
尾根でなく平地で!
でも山男たちは繰り返し、追悼は登山を行

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疎乃美の疎

疎(うと)むとも読むと知ったとき、疎乃美の気持ちは奈落に落ちた。
パパもママも大嫌い!
そんなに私がいらなかったなら、つくらなければよかったのよ!
つくっちゃったんなら私のこと、可愛がらなきゃ絶対嘘よ!
可愛がられてないと決め込んで、呪いの札に父、母の名を書き込んだ彼女、
彼女は全く知らなかった。
その日がたまたま悪魔らの、

人間の願い何でも叶えたるでぇ

の日だったことを。
父母は死んだ。

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去年の夏

たった七秒半の命だった。
彼女の甘い吐息から、吹き広げられて虹色に輝き、自由の天地へと漂い出たのもほんのつかの間、それはたった七秒半で消えた。

なんて・・・

『はかない』と彼女の唇は続いていたが、それは決して声にはならず、かわりに一粒真珠のような、涙で頬を濡らす彼女だった。
わかってる。
僕らは戻れない。
十七の僕らはこどもで、新しい命を育むには、自覚も実力も備わってなかったし、たとえそれらが

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