見出し画像

2020.6.23に自分が住む世界での沈黙を破ってみて感じたこと

この度、白寿ホールさんに電撃的にチャンスをいただいて、じぶん史上最短、3週間で一つの公演を作った。いやもう、第二波が来る前に、なんとか室内楽分野の沈黙を破りたいとは思っていたけれど、思考がホントに現実になってしまうのが2020'sの新ルールなんだ!!と心に刻み込んだ21日間でした。

そもそも2020年6月23日夜には、錚々たるメンバー十数名での公演があるはずだった。予定通りの開催とは行かず、やむなく中止となったものの、ホール支配人自らがそのポッカリ空いた時間を使い「誰か実験やってみなよ」そして私たち演奏家の「沈黙を破らせてください」という叫びの交差点に本当に演奏会を出現させちゃう、原支配人の即決・速攻力には驚嘆と感謝しかありません。しかも私たちの公演の前の一週間で、すでに4回も実験公演やってるの!!

画像4

こちらは当日会場リハーサル中の様子。(これより2020年6月30日追記)白寿ホールは独自のガイドラインHakuju modelに加え、奏者が気をつけねばならないことも定めているので、ゲネプロ中もマスク着用、並びは横1.5m、向かい合って2mの感覚を開けて座った。普段だったら、ぶつからない程度に寄り合って、お互いの音をじかに聞きながらやりたいのだが、たまたま私たちの人数と、白寿ホールのサイズがぴったりきて、それぞれが少し壁よりに開いて座る方が音のまとまりが良いとわかり、安心して感覚を開けて弾いた。もしかしたら今後はホールを音響だけでなく、内容や人数によって舞台のサイズ感で選ぶということも大切になってくるかもしれない。(以上2020年6月30日追記)

マスクをして弾くのは苦しかった。でも会場で音を出した瞬間に私たちは目覚めた。3、4ヶ月前に出した最後の音から、ある種の感覚が眠っていたのだ。そっか、ホールに生かされているんだ。ホールでの時間って音楽家生活の大きな一部分なんだ。全国に大小様々なホールがある、現代日本の演奏家は本当に恵まれているんだ。


2020年6月23日15時という、私たちにとっての奇跡が始まった瞬間から100時間が経った今、あのコンサートの記憶はもうすでに何光年か離れたような場所に感じられて、お月様の隣の金星のように輝いている。
この記事は、すでに「過去」となってしまった、公演実施に至るまでの過程と、これからのコンサートにあったらいいな、実現したらいいなを、記憶が1000光年とか離れてしまわないうちに書き留めておこうとするものです。

公演のおよそ三週間前、白寿ホールの支配人、原浩之さんと電話でお話した(ご本人のご了承を得て、やりとりや彼のSNS上の文章をシェアします)。

尾池「オーケストラは、各団体が予定していた公演をなんとか再開させようとしている。室内楽も誰かやらないと始まらない。沈黙を破りたいんです。弦楽六重奏一択、フィレンツェがいいと思うんです。配信が前提です」
原氏「やれる確証は直前まで一切ないのと、やるのであれば50人マックス+ホール主催公演としてやる+チケットの管理と当日の受付はそちらでよろしく」
尾「や り ま す」......みたいな会話をする

6月10日
今一番一緒に弾きたいメンバー4名に声をかけ、奇跡的に予定が合い(今しかないと思うこんなこと...そもそも2人ヨーロッパ拠点だし)5名でグループラインを開始。が、最後、もう一人のチェリストが決まらない。弾きたい曲はヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ2人ずつの弦楽六重奏。なぜかこの編成には、幸せな曲が多いから。コロナ明けに一番弾きたいと思ったのは、美しさが駆け巡るチャイコのフィレンツェ一択だったから。

頼んでみたかったあの子はドイツに戻ってしまっていた。いつもの同志は所属団体の公演開催に向けてリスクを回避するため、6月中は外部での活動を控えねばならない。「伊東くん誰と弾きたい?どうしようね〜。」「ウーンどうしましょうね...」

6月13日
メンバーと悩みに悩んだ末、ついに、セカンドの田代君に頼んで、彼の旧友でありチェリストで知らない人はいないという、名古屋在住のあの人に声を掛けてもらう。そもそも長距離移動が躊躇われる今日、彼も一切の旅公演を自粛してきた。24時間考え抜いた末、お引き受けいただく。ラインメンバーにやっと6人揃う。

そのメンバーをここでざっくりご紹介。

1st ヴァイオリン 尾池亜美 Ami OIKE。この記事の著者であり、今回の呼びかけ人。弦楽アンサンブルでは常に高い音が宿命。開き直りで乗り切るギャンブラーって自分で言ったらあかんやつ。

2nd ヴァイオリン 田代裕貴 Yuki TASHIRO。番長。さりげない最年長の優しさ。本業(オペラ座)も2nd番長なので常に音楽の中身のことを考えている…感覚で。普段はスウェーデン在住。

1st ヴィオラ 安達真理 Mari ADACHI。裏番長。ド級の主役も、内声の内声もこなすスイッチャー。彼女が天然を卒業したら一つの時代が終わっちゃうってくらい、愛すべき天然。

2nd ヴィオラ 多井千洋 Chihiro TAI。心技体のバランスが取れたムードメイカー。詩人であり職人であり考える人。演奏家っぽくなさが魅力。

Cello 荒井結 Yui ARAI。田代君長年の友人で、後から分かったけど多井君の幼なじみ。日本のチェリストで知らない人はいないという歩く伝説。でも誰より人間臭くて美しい。うちの親戚も一気にファンに。

Cello 伊東裕。最年少ながら土台を受け持つ。一番口数は少なくとも音色が雄弁。皆からのリクエストを真摯に受け止め具現化する錬金術師。普段はザルツブルグ在住。

以上愛すべきメンバーたちのご紹介でした。
チェロだけ、1曲め(後述)と2曲めでパートを交換しました。

6月15日
名古屋の結さん以外の5人で初合わせ。チャイコを一通りやって、コロナの静寂をチャイコの超ハイテンションで突き破っていいものか?チャイコの前に何か1曲やらない?Why not "Strauss Capriccio"? やろう!!となってその場で結さんにも連絡。IMSLPで楽譜を共有。1時間プログラム決定!何このスピード感。。

6月16日
ネット上で告知開始。すでに身内で来たいとわかっている人たちのために15席ほど取り置きした状態で、残りの35席を一般の方々に。メールが早速来始める。お電話もいただく。可能な限りすぐに返す。事務のプロではないから、一度忘れるとずっとお返事しそびれてしまったりする。ご案内PDFを10回くらい直す。

6月17日
公演の開催が見えてきたところで、普段コンサートの記録などを仕事にしている知人にライヴ配信が可能か相談をする。白寿ホールは今日(27日)配信設備の導入をめでたく終えたのだが、23日にはWifi機材から持ち込まねばならなかったので安定した配信ができるかは不確定。でもやれることはやってみてくださることに。

6月19日
それぞれの奏者の熱烈なファン(自粛明けで、勢いが本当に凄かった)と、ネットで見つけてくださった方々で最初の50席が埋まる。あと10席増やしていただけないかと白寿ホールにご相談、ご了承いただく。
チケットはiPhoneのメモ帳に、ヘタすぎて真似できないような手書きのこんなものを、一人一人席番号を書き換えてお送りした。

画像1

手書きの席番号の下に、お名前と、14:15-14:35または14:30-14:50と入場時間を分けさせていただき、建物入り口が混まないように少し工夫。その他にもご案内文をテキストとPDFとで作り、メンバーとほうぼうに共有した。直前まで直しを入れられるし、紙のチラシより楽なことはいっぱいあった。

6月23日ご案内決定稿1

6月23日ご案内決定稿2

多分もっといい方法、マシな手順があったんだけど、何せ1からの公演制作は慣れないことばかりで短い髪をを振り乱し、朝一で息子を保育園に託し(再開してなければ全て無理でした。感謝)、母にお迎えを頼み、作業と練習と作業と作業に明け暮れた。自分のお尻には火がついてボーボーだったし、人とのコミュニケーションの究極である「室内楽」への愛と渇望に、突き動かされるようだった。

6月20日
6人揃っての初リハ!!その様子がこちら。​

6月22日
2度目にして最後のリハ。公演前から寂しさと切なさすら。

6月23日
10時半、配信チーム入り。奏者メンバーは体力温存しつつ11時ごろ揃う。エレベーターには立ち位置シール。至る所に消毒液。白寿ホール作成のガイドラインは、原支配人のSNSの文章がもっともコンパクトに著している。
『コロナ病床180床あっても二次感染ゼロ。万全の体制引く湘南鎌倉総合病院院長の監修へたガイドラインに則り、マスク必須、入口アルコール消毒、開場45分前、エレベーターボタンは社員が押す、小エレベーターは4名、大エレベーターは6名定員、全員の連絡先教わる、一列目の席使わず、演奏家もやや後方に立つ、プログラムは配布せずにHP、演奏中にフロア張り出し、帰りはエレベーター混まないように3列ずつ出て頂く。フロア社員は全員フェイスシールドとマスク着用。そこまでやって臨みました。コスト少なすぎでいつものフロア、ステージの外注スタッフなしなので、私も駆り出されて扉開閉係に。』

開演。私たちが告知しまくったライヴ配信は、やはり密閉された建物内で電波を収集してでは不十分で、動きカクカク、オンラインレッスンで散々聞いてきたあのコポコポの音だった。お詫び。でも、ホールが記録を残してくださっていたから、翌日には改めてYoutubeでシェア。この記事最下部にもシェアします。

画像6

さて、ここから、本題。

全国の中小ホールに有線LAN配備されてたらいいなあ。今ならテレワーク助成金でますし。 (こちらテレワーク助成情報まとまってるとこです少なくともワクチン出来るまでは、会場いっぱいにお客さんをいれることは出来ないでしょう。となれば良い状態でライヴ配信で、応援を募ることが前提になります。そうなると、地球の反対側にだって発信できる。その時にはきっと、国内じゃなくて世界に胸はって発信できる内容か?っていう自問を何度となくすることになるんだろうな。

それからカメラ数台と、マイクもあると良いなあぁ。例えば譜面台にカメラくっついてたら...演奏者側も、慣れが必要ですが。
室内楽を弾いている人のすぐそばで観る体験って、全く新しいですよね。他のジャンルはやっているけど。
配信設備使用料でいつか元とれるでしょうし、マイクとかって大切に扱ってあげれば楽器みたいに何十年も持ちます。それぞれのホールにどのようなマイクの種類と数、そして置き場所が適しているのかは、ピアノ等の楽器の選定を専門家に任せるように、相談していただく必要があると思いますが。

画像6

あとは、演奏後の感想。
少なくとも今の日本では、緊急事態宣言やアラートが発されていない限り、最善の方法を尽くしながら、何度も、何度でも、公演を行い、少しずつ成功例を作ることが必要だと思いました。動ける者から新しい日常を作っていかなければ成らない。

そうして数を増やしていくと、例えば1万公演やれば、万一この業界のどこかで感染が起きた時、それは万が一、すなわち1万分の1になる。ほとんど成功している中で限定的に起こったエラーと呼べるようになるのではないか、なんて。。
専門家でもないのに冷めた脳味噌であれこれ書いてしまう。もし何かお思いのかたいらしたら、ご意見、ぜひ教えてください。そして、最後に。

今回勇気出して引き受けてくれたメンバー、本当にありがとう。皆愛してる。『愛してる』って恋愛関係だけじゃなくて家族も友人も皆大切なひとに言ったら良いと思ってる。私の英語の先生はいつもI love youって言ってくださる。家族にいう勇気はなかなかないけど。でも。

最後の最後に。ライヴをご視聴いただき、もどかしい思いをされた皆様ごめんなさい。急ぎませんので、いつかもう一度お時間をください。記録をぜひご覧ください。

Great Thanks to:

素晴らしいチャンスをくださった白寿ホールの皆様
受付など手伝ってくださったスタッフの皆様

配信や記録をご覧になってオンライン投げ銭をくださった皆様、誠にありがとうございました。お陰様で配信に必要な経費をカバーするに至りましたので、宣言通り、公演一週間後の30日火曜日を持って受付を基本的には終了したいと思います。
頂いた投げ銭は、他にも次回この6人が揃った時に宣材資料を作ったり、次回公演のための楽譜を買ったりする時に活用させていただきます(早くブラームスの六重奏、やりたいです)。

この度の新型コロナウイルスの影響拡大により被害にあわれた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
これからの皆様のご無事と健康を、心よりお祈りいたしております。

お読みいただき、誠にありがとうございました。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?