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『平行植物』 著レオ・レオーニ|積読本をDB化する#01

幻想でもない、現実でもない。「平行世界」なる世界がこの世界の水平線上にたしかに存在し、そこには植物たちの理想郷が広がっているのかもしれないー。

そんな愉しい錯覚を生みだすのは、スイミーの絵本作家が送る、幻想の植物博物誌。
学術論文めいた叙述と生業のグラフィック・彫刻技術で、あたかも存在するかのように平行植物の社会性や生態をリアルに描く。幻想の脆弱性を増しかねない言語的表現にあえて強くこだわり、「ことばから生まれる」植物グループをつくりだすなど、分類学・発生学になぞらえ独自の規範や概念をいくつも生み出し、幻想の境地を軽やかに超える。

SFというよりは「幻想そのものとしかいえない」と著者による記述があるが、この本は現実に出版物であり学会まで正式に成立する点から、レオーニの意図しないところで社会実験が行われてるのもかなり興味深い。
あとにも紹介するが、この本は多元的に想像世界と現実世界を錯覚させる。そういった意味で、スペキュラティブ・デザインを体現した作品だと思う。

手で刷ったような感じをあえて演出したフォントがいい。
写真だと伝わりにくいけれど。


自然が芸術を模倣する

この本との出逢いは、池袋のジュンク堂本店の、空想本や海外民話集などが並ぶ(自分以外誰も立ち読みしてない)コーナーだった。「幻想博物誌」のコンセプトと「平行植物」の概念の命名センスに一撃を喰らい、高揚して即買いを決めた。本を開くと、彫刻的なグラフィックの独特のタッチで、植物というより生物のような、グロテスクで力強い、神秘的な造形の「平行植物」が描かれていた。生命科学の専攻出身で微生物愛が強い私は、これにもまた心が奪われたのが、知的好奇心を最も刺激されたのは、この本の主題の一つである次の問いだ。

--芸術が自然を模倣するのか?それとも自然が芸術を模倣するのか?--

これは、アリストテリスの「Art imitates Nature.(芸術が自然を模倣する)」という説へのアンチテーゼとして、オスカー・ワイルドの「 Nature imitates Art. (自然が芸術を模倣する)」が掲げたものである。

知の偉人たちが思索してきた「芸術の起源」という根源的な問いに、この作品の鑑賞体験を通して私ももまた自分の認知を伴って遭遇することになった。というのも、レオーニの作品である「マネモネ」という平行植物が、自分にとって馴染み深いワラビ科の山菜・「こごみ」のように見えたからである。

「マネモネ」という名の平行植物


この認知現象は、「マネモネ(=芸術)がこごみ(=自然)を模倣した」結果ではない。むしろ本質はその逆で、「『こごみ』がそもそも芸術的価値をもつゆえに、『マネモネ』は『こごみ』に類似したものと認知が起きた」といえる。つまり、「自然が芸術を模倣した」のである。

「平行世界は幻想ではない」の本当の意味

芸術家とは、本来的には絵を描けることや視覚的な表現が得意な人達のことではない。最小限としてみえないものをみようとする観察眼、みえないものをみえる形にする力を持つ人のことである。それに加え、技芸豊かな芸術家は、感性的な刺激を伴って他者に働きかけながら、知覚レベル・認知レベルで新しい世界の見方を提案する。著者のレオーニもまさしくその一人。彼らの世界を見る眼と感性、技術があってこそ、私たちの世界の見方は豊かになってきた。

オスカー・ワイルド曰く、霧はもともと人々は身体的には湿度として感じていたが、まだ名前もなければ、この世に存在もしなかった頃があった。山々に住む人たちが、あるとき初めて霧の様子が描かれた絵画に触れたことで、以後人間は霧を認知できるようになったと言われている。

同様に、『平行植物』を通して、私はレオーニの描く「マネモネ」を見たことがきっかけで、私の身体に眠る「こごみ」の造形の記憶が立ち上がり、「芸術を自然物と見立てる」という現象が私の中に起こることが可能になった。

しかし、まだレオーニによる魔法の効能は、この読書体験の中に閉じられたものではない。次の春、里山に再び植物が芽を覚ます頃、また同じ山の同じ場所で私が「こごみ」を見かけたとき、おそらく以前みた「こごみ」はもう同じ「こごみ」ではない。それは、「マネモネのようなこごみ」に見えてくるのだろう。

その時、自然は芸術を模倣する。


『平行植物』



これは、noteで積読本を紹介しておくことで、データベース化する試み。
🔽 積読の価値について解説した柴田さんの記事を読んで、「いつでも情報を取り出せる」状態からさらに「取り出したくなる気持ちと頻度」を高めるために、私が独自に発展させた取り組みである。

自分の心を鷲掴みにした作品には、自分がつくり手として「つくる」とき、とびきりのヒントを与えてくれると思っている。本を買った時にチラッと読んだ時に考えたことをnoteで紹介しておくことで、自分の創作やプロジェクトのアイディア、もしくはその参考書籍としてより引き出しやすくなったらいいな。そんな試み。最初から読み切らなくてもいいのだ〜


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