ラグビーには興味がなかったのだが。


夫が度々酒を飲みながらうっとりして鑑賞している、平尾誠二さんが神戸製鋼の現役時代の試合。一人で見て、一人で熱くなっている。

わたしは遠くの方からちらっと横目で見て、一緒に見ることはない。なぜなら夫は中高とラグビーをやっていたが、わたしはラグビーに縁もゆかりもなく、ルールさえ知らないのだ。

夫婦でラグビーへの温度差を感じてきた。

しかし今年ついに、東大阪にある花園ラグビー場へ、高校ラグビー全国大会の準々決勝を観戦しにいくことになったのである。


年が明けた1月3日。
京都駅から近鉄に乗り、大和西大寺で奈良線に乗り換える。

近鉄は滅多に乗ることがない電車であるし、電車で奈良へ出向くことも滅多にない。車窓から見える景色が何か違うことに、異様にテンションが上がる。

最寄り駅を下車すると、大勢のおっさんたちがぞろぞろ同じ方向を向いて歩いている。毎年観戦に来ているのであろう、浮かれた雰囲気は一切ない。
女子は1割いるかいないかくらいである。

予想を上回るほどのおっさん率に、夫と目を合わせる。そんな夫も、その中の一人なのだが。

途中でコンビニに寄り、お弁当、ビール、ワイン、つまみ等を大量に買い込む。夫が普段飲まないエビスを選んでるあたりに、ラグビー観戦への浮かれ具合を感じた。

花園ラグビー場の前の公園で、若い男子がラグビーボールをパスして遊んでいるのを観て、いよいよ聖地へ来たんだと、わたしも少しずつ実感が湧いてきた。

ラグビー場に乗り込むと、席はすでに大半が埋まっている。その中で選手との距離が近い席を選び、静かに座った。
競技場の芝生はとてもきれいで、広く、空も快晴で、気分も高まる。
後ろの席には5、6人のおっさんたちが同じようにビールやワインを買い込んで、早々に盛り上がっていた。

準々決勝の第一試合、長崎北陽台と東福岡の一戦がすぐに始まった。
ラグビーのルールをまったく知らないわたしも、こんなに至近距離で見ると、予想以上に興奮してきた。

テレビで見るのとは、比にならないではないか。
横で夫が一生懸命解説をしてくれるのだが、まったく頭に入ってこず、ただ高校生の真剣なプレーを見守る。
時々、オフサイドや、ノックオン、ノット・リリース・ザ・ボールという言葉が会場に響き、試合が中断するのに気付いた。

夫に、「のっとざりりーすぼーるって何や?」と聞くと、

「違う、ノット・リリース・ザ・ボールや」と強く訂正される。説明を聞いてもイマイチわからないが適当に流す。


そしてまた、「のっとざりりーすぼーる、またやな」と夫にいうと、

「違う、ノット・リリース・ザ・ボールや」と訂正される。このやり取りを三回くらい繰り返しただろうか。

後ろのおっさんたちも、試合を観て各々好き放題言っている。時々漫才のようなやり取りも混じえつつ、なんだか楽しそうである。
話の内容を聞いていると、どうやらラグビー経験者のようで、毎年おっさんたちで集まって観戦しに来ていると推測した。

酒がすすみ、次第に試合が盛り上がってくると、いよいよ夫も解説に熱が入り始め、おっさんたちの会話も十分に意識しだし、第三試合の天理と桐蔭学園あたりで、のっとざりりーすぼーるを繰り返す嫁では物足りなくなったのだろう、ついに夫は後ろを振り返り、おっさんたちに話しかけ始めたのである。
おっさんたちも、グラサンの男が急に話しかけてきよった、という雰囲気を一瞬匂わせたが、次第に打ち解け始め、最終的にはアドレス交換をするくらいまで仲良くなっていた。

おっさんたちは会社のシニアラグビーのメンバー同士なのだという。
「シニアラグビーおもしろいですよ。一回来てみてくださいよ」と、誘われた夫は、グラサンの奥から歓喜がだだ漏れであったのを見逃さなかった。

若い男女の連絡先の交換はよく見かけるが、初対面のおっさん同士のやり取りは中々見る機会がなく(それがまた大変ぎこちないのである)、見ているこっちまで少し照れるのはなぜだろう。

ルールがまったくわからなかったわたしも、二、三試合を立て続けに見ているとぼんやり理解し始め、高校生の真剣なプレーに次第に胸が熱くなり、気付いたら、どこを応援してるわけでもないが、

「いけーーーーー!」と、こぶしを振り上げていた。

接戦になると力が入り、ずっとリードされていた高校が逆転でもしたものなら、「うおーーーーー!」と叫ばずにはいられない。

割と静かにおにぎりやおやつ食べていた息子も、「赤がんばれーーーー!」と、自分の好きな色のジャージを着た高校を応援しだしていた。


最後の流経大柏と常翔学園の試合は、逆転劇の見所満載の試合になり、流経大柏が勝利した瞬間、気づいたらスタンディングオベーションしていた。

高校生たちが真剣に喜び、悔し涙で泣き崩れる姿を見ると、拍手を送られずにはいられない。
もし自分がこの子たちの保護者であったら、号泣しているだろう。


おっさんたちと夫はさわやかに笑顔を交わし、別れた。
今年はシニアラグビーの仲間入りするのであろうか。試合が終わったあとのおっさんたちの打ち上げが、だいたい予想できる。

この1月の寒い中、なんの興味もないラグビー観戦なんて、正直気乗りしなかったのであるが、終わってみたら、大変充実した1日となった。

その後の準決勝、決勝を自ら進んでテレビで観戦し、外出していた夫に興奮して試合結果を伝えると、普段押し気味でラグビーについて語る夫が少し引くくらいであった。

わたしが熱心にテレビで試合を見ているので、息子にも興奮が感染して、「ぼくラガーマンになる!東福岡に行きたい!」と言い出し、「福岡は遠いで。京都成章なら家から通える」と言うと、

「いや、東福岡や」と息子の意思は固いのであった。

その翌日、夫と息子がラグビーボールを持って公園に向かったのは言うまでもない。



おっさんやや過多の
ラグビー場
嫌いじゃない
(自由律俳句)


2019.1.17『もそっと笑う女』より


追記:この年の夏に、日本開催のラグビーワールドカップは盛り上がり、息子は地元のラグビースクールに入り、その半年後、夫はそのスクールのコーチになり、そしてわたしはオールブラックスのTシャツと、キーリールをラグビーショップでにやにやしながら購入するまでになった。


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