クレープをあげたい


息子は昔からご近所のおばあちゃんたちに沢山可愛がられてきた。何か困ったことがある時、例えば親が外出していないときに、平気でそういう人たちに頼ることができる。
地域に見守られてる安心感が強い。

その中の一人のFさんは、毎日杖をつきながらリハビリがてら散歩していた。息子は会うたびに声をかけ、まるで友達かのように長話をする。Fさんは決まって、にこにこと笑いながら、自分の孫を見るような温かい眼差しで接してくれるのだ。

いつだったか、息子がFさんと喋ってくると言って出かけたっきり、いっこうに帰ってこない。表へ出ると、「アッハッハッハッ!」とハツラツな笑い声。なんと1時間近く二人でおしゃべりをしていたのである。
何を喋っているのかはわからないが、息子曰く「世間話」らしい。

8歳のとき、クレープ作りにハマった息子は、Fさんに作って届けてあげたい、と言い出した。クレープを食べやすいように紙コップに入れ、家まで届けにいった。
大変喜んでくれ、後日お礼に無農薬のりんごを届けてくれた。無農薬、というのがFさんらしかった。

以降も通りの角で、息子とFさんが楽しそうに話している光景は度々見られ、出会う度に笑顔でお互いに挨拶した。


年を越し、Fさんが急変して亡くなられた。

息子に伝えると、ショックを受け、泣いた。
実のおばあちゃんを失ったかのような淋しさだった。とてもしんみりした。Fさんを最後に見たのは、朝のゴミ捨てで、丁度登校していく息子に笑顔でいってらっしゃい!と挨拶してくれた時だ。どんどん成長していく息子は恥ずかしそうに会釈して走っていった。

雪がちらつく朝、通りの角に出たら、Fさんが杖をついてまだ歩いていそうな気配がする。
いつも笑っていた。その余韻が通り道を支配する。

この記事が参加している募集

今日の振り返り

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?