アフロ・イン・パリ②


パリには学校の修学旅行で行ったため、自由行動の時間は少なく、基本的にはバスに乗せられ、一番苦手な集団行動を強いられることにうんざりもしていた。

貴重な自由時間は集団で動かず、数人で行動した。一軒のカフェに入る。日本のカフェにも入ったことがない田舎者のわたしが、初めて訪れたカフェがパリだったとは、人生全く予想がつかない。

日本ではカジュアルなイメージのカフェだが、たまたま入った店がそうなのかはわからないが、店内アンティーク調のクラシックな印象で、ギャルソンもまっとうな大人、客たちもまっとうな大人、その中にうっかり入ってしまった日本のアフロの学生という滑稽な絵。カフェオレなんて飲んでゆっくり、とはまったく行かず、ただ、挙動不審に店内を見渡すしかなかった。

カフェって大人が行く場所なんだ、というのが体感した記憶である。

カフェオレをがぶ飲みして早々に店を後にし、ただ街をぶらつく。大通りを一歩外れた街並みは、古いけれど洗練された空気が漂い、まるで絵葉書のような風情に、またため息が漏れる。京都を訪れる外国人はこういう気分なのかもしれない、と思った。それにしても散歩してるだけで体に馴染む街である。

夕食は先生と何人かの同級生たちと、ビストロに入った。店内がやたら暗い。間接照明だけで、あまり人の顔がよくわからない。洞窟にいる気分になる。何が出てくるのかわからずパンをひたすらかじっていると、皿に乗せられた肉が目に入る。

うさぎ、とのこと。

まったく食欲が湧かない。びっくりするくらい湧かない。そして味もまったく覚えていない。ただ先生の引率ながら海外旅行を満喫し、「うさぎだって!」と嬉しそうに笑う声が、その場に余韻を残した。

食後はホテル近くをみんなで散策する。どうやら下町エリアらしく、個人商店が並ぶ。一軒の小さなスーパーマーケットに入る。ただジュースを買うために。レジにはやや小太りのおっさんが無愛想に立っていて、日本の学生たちが急にざわざわ入ってきたので、明らかに不審な顔つきである。もともとそういう顔なのかもしれない。

ジュースを探していると、黒人のじいさんがぼんやり佇んでいて、ふと目があう。客でもないような、店員でもないような、ただそこに立っているのだ。あのレジのおっさんの友達だろうか?やけに視線を感じるが、まあ、どうでもいいやと思って、数本のジュースを持ってレジに並ぶ。

先に地元の客らしき人が並んでいて、レジのおっさんと軽く会話をしていた。おっさんは手慣れた手つきでナイロン袋に品物を入れて、客に渡す。2人はフランス語ではなく、イタリア語のような言葉を交わしていた。

わたしの番である。会計を済ませると、おっさんはナイロン袋にジュースを入れてくれない。一本ではない、数本である。袋に入れてもらった方が助かるのだが、おっさんは用は済んだという顔をして決して目を合わせない。

ジュースは袋に入れない方式?首をかしげながら、その数本を抱えて店を出かけた。その時である。

奥の方からすうっと、あの黒人のじいさんがやってきて、ナイロン袋を渡してくれたのだ。言葉はないが、「お嬢さん、これに入れなさい」と言ってるような顔だ。

じいさん、店員やったのか、と思いつつ、「メルシー」と礼をする。その直後はっと思った。

もしかして、わたしの頭がアフロだったから親切にしてくれたのか?

おっさんは何も言わなかったが、東洋の薄い顔した学生のアフロに、シンパシーを感じたのかもしれない。店を出るとじいさんはやっぱりぼんやりとした顔で、手を振ってくれたのだ。


つづく




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