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ハートにヒビが入るほど綺麗な海を探しに行く物語-10-

帰りの準備をするために海で水着に入り込んだ砂を洗い流し、体を軽くふいた後濡れた水着の上からそのまま服を着て、日焼け後専用のローションを体に叩き込んでいた。

そうしていると、後ろから「今夜は泊らないのか」と声をかけられた。
ボスの前に対応したスタッフだった。
あたしは「20ドルですべてが済むなら泊まりたかったけど、お金がないから今日はよしておくわ。」と説明した。
彼は英語がよくわからないのか私の発音がいまいちなのか、「なぜ泊らないのか、なぜだ、泊りたいんだろ?」と再び聞き返してきた。
「あたしはこの島が大好きだ。もう少し時間をかけて島を見たかった。トレッキングツアーにも行きたかったし、ドイツ邸宅もまだみていない。だから泊まりたかった。だけどあなたのボスが40ドル必要だといった。あたしはいま30000TSHしか持っていない。だから帰るんだ。」と出来る限りの簡単な英語で詳しく説明しなおした。
しかし彼は「お金がないのは問題ない。君が泊まりたいかどうかが問題だ。泊まりたいんだろう?泊まるのならば時間がまだあるからジャーマンハウスやシャーク・ラグーンもつれてってあげられるよ。」といった。
はて、お金は問題ないとはどういうことだろう。40ドルで泊まる気がない素振りを見せたのでやはり20ドルにしてくれるのだろうか。
「大丈夫だ。心配ない。君が泊まりたいなら泊まれる。泊まればいいじゃないか。夕暮れ時のトレッキングツアーはきれいだよ」と彼は強く勧めてきた。
それなら、とトレッキングツアーの話に乗ることにした。
もしだめにしてもまだ最後の船が出るまでに一時間少しあったので、ガイド付きであれば今度は迷わず一時間で戻ってこられるような気がした。
安くとめてもらえるなら泊まり、だめなら最後の船で帰ればいい。
そうおもって彼の案内についていく島の名所を回るトレッキングツアーに行くことにした。
まずリュックサックをカウンターに預けろと言われたが、景色をカメラで撮りたかったし水も持ち歩きたかったのでこのままでいい、といった。
もう一度、「いや、預けてくれ」、と彼は繰り返したので、なぜ?と返したら、「もういい、いこう」と背を向けて歩きだした。
まずシャーク・ラグーンとよばれる名所に行くコースを行った。最初の時にあたしが通った森の中心を抜けるような道とは全然違い、管理小屋の裏手から海沿いをたどっていくような道だった。
夕暮れの柔らかい光が海をきらきらと照らし、不安を掻き立てるほどの絶景だった。
ずんずんと進むガイドの彼に必死についていきながら、シャーク・ラグーンという名前が付いてるってことはやはりサメが出るのか、と聞いてみた。
彼が滅多に出ることはないと答えることを期待しながら。
彼は、「ああ、出るものはまぁ小さいもので大体は遠くの沖にいるが、たまに近くまで来て人を噛んだりもする。まぁ人が多くいるようなところは大丈夫だ、心配ないよ。ちなみにこの森の奥にも毒蛇がいたりする。近くの森を回るコースなら問題はないが、一番遠くまでいくコースはガイドがいないと奥まで行くことを許可していない。だけれども君には僕が付いているから大丈夫だ。」と歯を見せてハッハッハと笑った。
あたしはそれを聞いて黙って重い口の端を上げ苦笑いすることしかできなかった。

10分ほど、雑談しながら歩いた。どこに住んでいるだとか、学生だ、とか何を勉強している、だとかを。
しばらくして歩きながら彼に、心の中に引っ掛かっていた疑問をぶつけてみた。
「ねぇ、泊まるのにお金の問題が心配ないってどういうこと??」
「ああ、君が泊まりたいなら泊まればいいのさ。心配はない。ボスだってそういうよ。」
あの面倒くさがりそうなボスがそういうとは思えなかった。
「でもあなたのボスは一度お金がないならだめだと言ったわ。そうは思えない。」
彼は立ち止って振り返っていった。
「泊まりたくないのか?君はこの島が嫌いか?」
「いいえ、大変気に入ったわ。もちろん泊まりたい。でもトラブルは起こしたくない。泊まっていいというのがあなたの独断ならばあたしは帰らなければならない」
「泊まるのならばトレッキングツアーはいける。しかし最後の船に乗るのならば時間だ。」
「30分でいけるトレックだけってのはどうかしら。それなら最後の船にも間に合う。」
しかし彼は泊るのならばトレックにいける、泊まらないのならば時間がない、と繰り返した。
「ねぇ、もう一度聞くけど、お金がなくても問題ないってどういうこと?」
あたしは最初の質問をぶつけた。
彼は早口のスワヒリ語でジェスチャーを交えて説明した。ちっともわからなかったので、ナオンバ、キンゲレザ(英語でお願い)と再び説明を求めた。
彼は片言の英語でこれだけ言った。
「you can stay here. You don’t have money . no problem. call your sister. She ,come. 」
シスターて誰じゃと思いつつも、それを聞いても「your sister」とはぐらかすように彼は笑う。
要するに、泊ってもいいがお金はまけない、泊まった後に知り合いに電話してお金を持ってきてもらえ、ということらしい。
最初からそんなからくりだとわかっていれば、残り時間を海で泳いでいた。馬鹿らしい。
と、いっても甘い話を疑いもせず善意だと勝手に思い込んで乗ろうとした自分も危機的に馬鹿だった。

ここの国では見返りの見えない善意ほど危険なものはないのだ。
あたしは数か月前に出会ったある出来事を苦い気持ちで思い返していた。

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