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ジュークボックスに思いを馳せて[後編]
前編はこちら
バーテンの好意により一曲だけ聴かせてもらう。
コインを入れる。ガチャッ。
ナット・キング・コールがスーッと入ってくる。
滑らかな声が耳の奥をくすぐってくる。じっくり味わいたくて目を閉じる。
瞼の裏に、一緒に過ごした思い出がグルグルと回りだす。じいちゃんとばあちゃんは笑っている。涙してくれている。オレってこんなに愛されていたんだ。
思わず胸が詰まり、こみ上げてくるものを感じる。
会いたいよ。二人に会いたい・・・・。
そのとき突然、音楽が止まった。
その瞬間体が軽くなった。
オレ、宙に浮いてる・・・・!?
しばらくしてゆっくりと目を開けた。
どうやら海岸にいるようだ。赤く染まる水平線と空の濃青とのコントラストが1日の始まりを感じさせる。
白波が小さな音を立てて、寄せては返す。
遠くの方にぼんやりとしたシルエットが見えてきた。よぉーく目をこらしてみると・・・。
じいちゃんとばあちゃんが向き合っている。
愛しい人を見つめている、甘く穏やかなひととき。
どこからともなくワルツが聞こえる。
とびっきりのスーツを身に纏ったじいちゃんがばあちゃんをエスコートする。
砂浜一帯が二人の舞台。
軽快にステップを踏んでいく。ばあちゃんのワンピースの裾が楽しそうに揺れる。時折吹く強い風でじいちゃんのハットが空を舞った。
なぜだろう。美しいものを見ているだけなのに。
再びこみ上げてくるものを感じる。
気がつくと一筋の涙がオレの頬を濡らしていた。
いつの間にかあたりは明るくなってきた。光る水面を見つめていると目がチカチカしてくる。思わず目を瞑る。
次に目を開けた時には、二人の姿は見えなくなっていた。
「お客様。音楽が終わりましたよ」
揺り動かされて、再び目を開けた。
ここはバー。
眼前に広がっていたあの光景は・・・。
オレはどうやら夢を見ていたようだ。思わずあくびをする。
「はぁぁぁっ〜、すいません。最近仕事が忙しくて」
そう言って涙とヨダレをぬぐった。
「起こした方が良いかと思ったのですが、あまりにも気持ち良さそうだったのでしばらくそのままにしておきました」
そう言って笑いながら新しいおしぼりを渡してくれる。
ありがとうございます、と言いながら顔を拭いて、オレは今しがた見た夢のことについて思いを馳せる。もう一度振り返る。
規則正しく並ぶ色とりどりの四角いスイッチ。重厚感のある黒々しいボディー。
最初見た時、コンビニに置いてあるアイスのショーケースのようだと思っていたこの不思議な機械をオレはまじまじと見つめる。
思えばオレはずっと引きずっていた。
突然、じいちゃんが死んだこと。
ばあちゃんの最期を、オレ一人で看取ったこと。
オレよりもはるか年を取っている人たちだから。
だから先に逝ってしまう人たちなんだ、と頭では分かっていても。
濃密な時間を過ごした人たちとの別れは、まるで体の一部分が欠落したような感覚になるんだ。
不思議な夢だった。
まるで二人が最後のお別れを言いに来たような、そんな感じ。
「すいません。ギムレットをください」
「かしこまりました。少々お待ちください」
しばらくして差し出されたそれは、夢に見たあの早朝の風景によく似ていた。
「よろしければ、一緒によろしいですか」
バーテンがホワイトレディを掲げて微笑んでいる。
今日はオレの大好きな二人の月命日。
「乾杯。これからの人生に」
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