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【詩の雑感】ボオドレエル「幽霊」(堀口大學訳)

 今回の詩の雑感で取り上げる詩はボオドレエル「幽霊」(堀口大學訳)である。

かちいろのまなこせるかの天使等の如く、
われ君が寝所へ帰り来らん、
さて小暗をぐらき夜のもの陰にかくれて、
われ音も無く君がかたへすべりよらん。

かくてわれ君に与へん、愛人よ、
傾斜あるあなのまはりに
月のごとつめたき接吻と
くちはな愛撫あいぶを。

青ざめし朝きたる頃
むなしきわが席を君は見出でん
されどそは夜きたるまで冷たかるべし。

君が生命いのちと若さの上に
人等やさしさによりてなす如く
われ気味わるさもて君臨せん。

ボオドレエル「幽霊」(堀口大學訳)

 私はまず、最初の「かちいろのまなこせるかの天使等の如く、」で躓いた。褐色の目をした天使らとはどのようなことか。原文を見てみると「かちいろ」の部分は"fauve"の訳で、"fauve"は他に「野獣のような。荒々しい。」という意味もある。後者の方がしっくりくる気がするが、「かちいろ」と訳した堀口氏の意図は如何に。それにしても、荒々しい天使らのような、というのも難しいが愛に切迫しているような感じを受ける。そのような状態で「われ君が寝所へ帰り来らん、」つまり幽霊であるわたしは君の寝所へ帰りたいのである。
 そして「さて小暗をぐらき夜のもの陰にかくれて、/ われ音も無く君がかたへすべりよらん。」、つまり小暗い夜の物陰に隠れて幽霊であるわたしは君のほうへすべりよりたいのである。

 「かくてわれ君に与へん、愛人よ、/ 傾斜あるあなのまはりに / 月のごとつめたき接吻と / くちはな愛撫あいぶを」と第二段階ではくる。「傾斜あるあな」でまた躓いた。ここの部分を原文から「墓穴」と訳している人もいた。なるほど、幽霊のわたしは墓穴のまわりで愛する君に接吻と愛撫を交わしたい、と思っているのか。
 ただ「接吻」を「月のごとつめたき」と表わし、「愛撫」を「くちはなの」と表わしているのが、幽玄さが醸し出される妙妙しい表現である。

 第三段落目は「青ざめし朝きたる頃 / むなしきわが席を君は見出でん / されどそは夜きたるまで冷たかるべし。」とくる。太陽がのぼり青めいた朝が来たとき、愛する君は「むなしきわが席」を見出す、つまりわたしの居場所が空白であることを感じるだろう。そこは夜が来るまで冷たい無機質な場所であろうことも。

 最後は「君が生命いのちと若さの上に / 人等やさしさによりてなす如く / われ気味わるさもて君臨せん。」で終わる。愛する君が命ある人たちとやさしさの上で交流するように、幽霊であるわたしは「気味わるさ」の上で君のところに「君臨」したいのである。

 この詩は、狂おしいほど愛する君への幽霊になってしまったわたしの束縛にも近い一種の恐怖の上にたつ愛のうたである。

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