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【短篇集の雑感】たらちね芙蓉「歓楽街のアリス」

歓楽街のアリス

 母と母娘二人でラウンジを営んでいる主人公アリス。日常の社会生活からはみ出した夜の世界を、ラウンジで働きながら垣間見るのを好み、「昼の世界なんて、取り繕っている人間の世界にしか見えなくて何もよく思えない」と思っている。
 ある夜、道で大学生と思われる男に「君はなにを追いかけてるの?」とアリスは問われる。アリスは自分が鳥籠の中の鳥であることに気付かず、その質問には何も答えずに意気揚々と鳥籠であるラウンジに戻る。


大空位時代

 女性のセックスに対する「一般的」な感情というのは存在するのだろうか。主人公の野里先の心の中を覗いて、そう思った。

 野里先は古書店で出会った峰本と話しているうちに好意を抱く。野里先は峰本に夕食を誘い、その後、峰本に自分のホテルの部屋で飲まないか、と誘われる。
「それは、セックスをするということですか?」
 野里先は真剣な眼差しで峰本に問いただす。
「・・・車に乗ったら、部屋に行ったら、ふたりで飲んでいたら、デートをしたら、趣味の話をしたら、仕事中に雑談をしたら、エレベーターで笑いかけたら、それが場合によってはセックスに直結するのはどうしてなのか」
 野里先にとってそれらが疑問なのである。

 その後結局、野里先は峰本とセックスをし、処女ではなくなる。セックスをし終え峰本が眠りについた後、野里先は「今まで感じたことのない全能感のようなものを感じながら」ホテルの窓から見える街並みを眺める。そして、バッグからセックストイを取り出し絶頂する。

 野里先の性に対する感情は屈折している。それは処女を卒業してもなお変わらない。他の読者はこの屈折を多様性という言葉で片付けるのだろうか。


おとぎ話には鍵をかけて

 東京で旦那に溺愛し旦那を生きがいとする女性の数日の物語。
 物語の途中で性的同意の問題や医学部入試の女性差別問題などについて触れ、また、フェミニズムについてよく記事を書くコラムニストとなった小学校の同級生と偶然再会し、専業主婦である主人公とその同級生の自身のそれぞれの境遇について語り合う場面が登場する。これらのディテールは、女性全体の生き方について問題提起をするものでは全くなく、あくまでもこの物語のスパイスでしかない。そのスパイスが物語全体を通して、魅力的な主人公の女性をうまく描き出している。
 この作品を読み終えた後、ふと、きのこ帝国の「東京」という名曲を連想させた。


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