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心の癖と向き合う

合宿に参加した30名の輪に入ったとき、ちょっぴり気持ちが重たくなった。

この輪に馴染まなきゃ。うまくやらなきゃ。…という意識がどこかで働いていて。それが、小さい頃の記憶からくるものだということが、自分でも分かっていた。

こんなに大人数でいると、学校を思い出して、昔の記憶と心の癖が蘇ってくる…

そんな話を、シェアタイムに、あやけちゃんにしたら、あやけちゃんが泣いてくれた。

泣いてくれたことに驚いていたら、わたしも涙が止まらなくなって、わぁわぁと泣いた。

泣いて、話をしたことが、わたしの心のブロックをひとつ外すきっかけとなった。

こんな風に感じていたのは、わたしだけではなかったから。安心して、怖さも悲しさも分かち合えるひと達がいるから。



わたしは、物心がついたころ、言葉も文化も違う外国で暮らしていた。

現地の学校で、先生の言うことも、友達の言うことも分からない中で、授業を受け、言葉の意味が分からない歌を歌い、いま何をする時間か分からないから、まわりがしていることを真似て、みんなが笑ってる理由が分からないのに、みんなに合わせて笑った。

日本に帰ってからも、同じだった。
今度は、日本の言葉と文化がわからなかった。友達との接し方も、授業を受ける態度も、それは違うと指摘された。漢字も計算も全く追いつけなかった。追いつくために学習塾に通い、放課後に友達と遊ぶ時間はなかった。

わたしは、まわりの空気をよく読む子になった。言葉も文化が違っても、分からなくても、笑顔で、みんなに合わせられる子になった。

だから、まわりからみたら、きっと、うまくいっていた。大学も就職も結婚も。何事も、人並みに、上手に。人あたりもよく、まわりのことをよくみれる、いい子だった。

でも、ほんとうは、何をしたいのか。本音がどこにあるのか。それが分からなくなってしまっていた。



大人になって、瞑想をはじめ、意識を内がわに向けるようになったとき、少しずつ、押し込めていた自分の感情を受け取れるようになっていった。

本当のわたしは、本当は何をしたいのか。

そんな自分の内がわとの対話のなかで、演劇がやりたかったことを思い出し、この演劇プロジェクトに出逢った。

自分で、選択して、この場に来たんだ。
自分がやりたかったことをしにここに来たんだ。

あの頃の記憶も心の癖も手放して、思いっきり、本当の自分の、そのまんまの姿で、表現していきたい。まだまだたくさんある観念に向き合って、前に進んでいきたい。

そんなチャレンジができる機会が、ここにあることに、心から感謝の気持ちが溢れた。

2022年5月18日
(文責:キャストゆうき)

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