神社とお寺は一緒だった時代がある!?
最近、密教に興味をもち、神社やお寺がなぜ日本に古くからいっぱいあるのか?といろいろ歴史の研究中。
空海から始まった、密教の探求。
行った先でお寺を見るとついお邪魔させてもらっています。
そして、
神社にも神様がいるけど、お寺にも神様いるよね???
という疑問がわいてきたんです。
日本における神様は、神社にまつられていると言われているけど、
お墓を日々管理してくれるお寺にも
あれ?神様っぽい方いるよね???
なんか似ている部分が多いけど?と
結構なぞなぞだったんですが、
こちらを発見しました!
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"明治時代の神仏分離
明治元年(1868年)、明治新政府は「王政復古」「祭政一致」の理想実現のため、神道国教化の方針を採用し、それまで広く行われてきた神仏習合(神仏混淆)を禁止するため、神仏分離令を発した”
引用:wikipedia
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え!!!!!!
何これ!
って、この文章だとちょっとわかりにくいかと思います。
小学校の歴史で習った記憶がないだけなのか?
私にとって衝撃的な事実が判明!
「神仏分離令」で検索するとわかりやすく説明してくださっている方がいますので、詳しくはそちらを読んでみてくださいね。
簡単にいいすぎると、この「神仏分離令」がだされるまでは
神社とお寺は1つだったようです。
神仏習合ともいうようです。
神社に仏像があってお寺っぽく、神社でもある、
お寺に鳥居もあって、お寺っぽくもある
感じですかね??
今は、神社で出てくる神様とお寺にいる神様と呼ばれるもの
実は、この神仏分離令の時にお名前が変わった神様もあるようです。
神社は神社らしく、お寺はお寺らしくで
分離されたらしい。
で、この時に壊された貴重な像なども多々あるらしいです。
これを聞くと、上がなかったり壊れかけている石像を思い出すと
もしかしたらこの時に…と思ってしまいました。
各お寺や神社の
神仏分離令 の歴史
を見ていくと、これまたいろいろな背景がありそうです。
それぞれの神社やお寺のホームページに、記載があるところもありました。
今、知っている神社やお寺の以前の明治より前の姿が気になっています
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