ぐらしあすの「EMDR」①

EMDRは(眼球運動による脱感作と再処理法)。
つまり、トラウマからの解放のための手法である。

ぐらしあすはいわゆるトラウマが多い。

トラウマの一つに「父から受けた教条主義」がある。

いわゆる「こうあるべき思想」。

幼少期に置いて、家庭とは全ユニバースである。

そのユニバースで君臨しているのは父親だった。

例えば、幼少期において野球や柔道を習っていた私に、父親は「褒める」ことはなく、バッティングフォームや、投げ技の極意(父親なりの)を刷り込まそうとしていた。

ぐらしあすは、そのことがしんどくて、しかししんどいとも言えず、父親の言うとおりにしていた。

おかげである意味成績は残せた。

しかし、野球を楽しむ、柔道を楽しむ、そういった「楽しむ」という純粋な気持ちを勝手に押し付けられていたように思う。

大学生時代になって、いろんな社会を見はじめ、父親の教条主義に疑問を感じるようになり、ある程度脱却していったように思う。

しかし、その時の苦しさはこころの奥にしまい込まれている。

前主治医には、ぐらしあすの苦しみをほとんど話していた。

すると、ある日主治医はEMDRを勧めた。
ドクターが行うEMDRは保険がきく。

その手法は、主治医がぐらしあすの目の前で、二本の指を左右に約50センチほど動かし、それに対して、ぐらしあすはその左右の動きを目で追うというもの。

その時は、トラウマのヒストリーを想定するのではなく、その苦痛なときにワンショット、ぐらしあすの場合は、「何度バットを振っても、何度も強制されてしんどかったこと」から始まった。

EMDRの苦痛度尺度は、0(最も苦痛ではない)から、10(最も苦痛であるある)という0-10である。

最初、ぐらしあすの父に対する苦痛度は「8」であった(これはあくまで主観)。

主治医は、ぐらしあすのワンショットに対してEMDRを行っていく。
左右に振る指は約30秒程度。

それが一旦終わると、主治医は「今の苦痛度はいくらですか」と尋ねる。

これは、1回に約90分程度で、終了するまでに6セッションを要した。

なぜかしら、ぐらしあすば途中で涙を流す場面もあり、EMDRは1週間に1回行われた。

長くなりそうなので、続きは次回に書く。

ディプレッションまっさかり。ぐらしあすの「こころの声」を中心に、自分が体験したことや、時折感じる何のエビデンスもない、主観の記事も徒然に書いていきたいとおもいます。よろしくおねがいします。