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充実した第3学年は極地、就職活動も本番………ドタバタ大学生はその一年で何を得たのか


こんばんは!

なぜ今筆をとったか、私は今、就活(ESの締め切り)&期末課題+プレ卒論の締め切りに追われ、人生最大のピンチな状況にいまして。この状況を面白がって乗り越えてかなきゃ!と自分を奮い立せつつの現実逃避で、とりあえず執筆です。そんなもんです。

前回の投稿(寿司屋のアルバイトを始めた頃)から現在まで事態は全然変わっていて。というのはこの記事を最後まで読んでいただくとわかるのですが、そんな一年の流れの速さに自分でも驚いたので、ノートが書かれていない間どんな経験をしてどんな成長、変化があったのか。見つけるために、書きながら振り返ります。

ところで、大それていそうなタイトルにしてみたのですが、最後までもし読んで内容のなさにがっかりされてた方がいては申し訳ないのでお断りをしておきます。すみません。大それていません。

こんな大学3年生、いるね。てな感じで、私の1年間を私と一緒に振り返ってもらえますでしょうか。それでは4月から。


2023年 4月〜5月


新学期の始まり。
実は、私は4月から外国人留学生とのルームシェアを開始。2年の後期の留学中に応募しておいて、帰国後の住処になるように準備を進めていた。
3年生前期の間は中国人と韓国人がルームメイトで、彼女らの友達も呼んでご飯を食べることが何度かあった。国際交流があたりまえの日常になっていくのが嬉しかった。

この頃は、取れる限りの授業を受け、活発に国際交流し、就活に着手し、サークルに復帰し、寿司屋でアルバイトをする、といった生活だった。

ラテン語、イタリア語(もう忘れそう)を同時期に履修して、韓国文化フランス文化ヨーロッパ誌、世界中の文化に触れたい気持ちが透け透けな履修時間割表。今思えば授業数が多くてキツかった。

半年間顔を出していなかったサークルは、ぜんぜん話したことない後輩たちとか、久々にあってむず痒い同期とか、ほとんど新しい環境に入り直すみたいな感覚だった。進んで周りの人と仲良くしたいタイプの私は、半年のブランクを数日で埋めんばかりに、たくさんコミュニケーションをとってだんだん馴染んでいった。

日を追うごとに、わけもなく朝まで一緒に過ごす仲間 みたいなのができていくことになる。
大学生らしくていいけど、生産的ではまったくなかったから、肯定しきれない時間。

今思えば大した軸や芯があって生活しているわけでもなく、目の前の楽しいことに見舞われ、充実した日々を過ごしていたんだと思う。

6〜7月

この頃は、留学生たちと交流したり、国際交流イベントを運営したり、あとはサークル活動に注力してた。雑誌を作り、ミスコンの運営をしているサークルだから年中活動して、プライベートでもよく遊ぶから、サークルの人たちと作った思い出がたくさん

それに、中途半端で煮え切らない片想いに疲弊なんかもしてた。そういえば、自分の容姿に自信がなさすぎるあまり、変に拗らせててかわいくなかった。

今の自分に言わせてみれば、大学生にもなって青臭くて、何やってんだってちょっと情けないです。まあでも大学生活に悔い、きっと残らないからいいね(2024年1月目線)

8月!

夏は、忙しい忙しい〜と(今思えばダラダラとやること処理できていなかっただけ。周囲と生活にまつわるストレスを引きずりながら…。)と毎度のごとく言いながら、大量の期末課題と、ちょこちょこ就活イベントに参加していた。

この頃自分がうまく処理できていなかったストレスというのは、人間関係にあった。仲良くなった後輩と、その仲がいい仲間。アルバイト先の人たち。サークルの後輩二人が同じバイト先にいて、良くも悪くもコンパクトな人間関係は私にはあっていなかった。

日々感じるバイト先での違和感、不快感に悩み、自分を責めながらストレスをふくらませていく。

’そういうやり方’のお店なんていくらでもあるんだろうけど、プライベートは全部筒抜け、未成年でもお酒を飲みにつれていく、そんなバイト先の店主への不信感は募っていった。

あーあ。バイト辞めてしまおうかな〜なんて本気まじりの冗談でつぶやきはじめたのはこの頃。

就活を徐々に進めていく中で、将来出版社で働きたい気持ちがどうしてもわいてきて、(大学受験前に抱いた夢は、雑誌の編集者になることだった)どうにかして出版社就活に対峙できる方法はないか!と考えて食らいついたのは、とある出版社のアルバイト。この選択は、よかったんではないだろうかと自負。

自分にはそうそう無理かなあ、なんて思いながらも大学生活、デザインの学べる学校に留学したり、雑誌の記事を作ったりと、ぺーぺーながらに動いてきたのもあって、やりたい自分の気持ちを尊重することに。


その出版社というのは、ひょんな繋がりで飛び込めた、チャンスを掴んで手に入れた環境だといっておきたい。サークルの関係でお世話になっている方に、出版社の方と食事をするということで、呼んでいただいた。後日その出版社を調べるとアルバイトを募集しているということで、応募してみた。面接も無事通り、晴れて出版社のアルバイトを始めることに。

月末には成人祝いやバイト代をコツコツ貯めたお金でチケットを買い、韓国旅行に飛び立った。

ソウルに4泊5日、友人宅に泊めてもらい、10人ぐらいいる韓国人のおねーさま(留学先で仲良くなった韓国人の友人たち)たちから、とんでもないおもてなしを受け寵愛される。みんなで話しながら涙が出るくらいしあわせで、忘れられない旅行になった。


9月


大学生にとってはこの9月の1ヶ月はまだ夏休み。
私は何をしていたかというと、友人に会ったり、集中講義を受けたり、好きな雑誌のイベントに行ったり、就活イベント(説明会やオンラインのインターン)に参加したりと、そんなに暇ではない毎日を過ごしていた。多分楽しかった。

そして生活を大きく変えたのは、働き始めた出版社への通勤!なんと往復3時間の道のり。週に何度か東京へ出る生活が当たり前になり始めたのは、私にとっては世界が広がったようなもの。

この1ヶ月は目一杯バイトして、サークルのイベントや外での活動も多くあって楽しくて、ストレスフリーに充実していた。

「周りの人といっしょになって楽しめる自分」の像を固めに行っていた時期。

ちなみに、このとき新しいルームメイトが二人やってきて、あたらしく平和な日々を過ごし始めることになる。


10月!

学祭に向けての準備が本格化してきた頃。
私の学祭での役割というのは、(組んでるバンドでベースを弾く、サークルで発行している雑誌のページ作り、ミスコンに付随するファッションショーの制作など)←役職も、責任ある立場も’いそがしい’を言い訳に避けた結果ではあるが、'その時できることをめいっぱいやる係'として自分を認識する。周りの人を巻き込む力だけはピカイチ。

わたしにはとても多い課題に、私にはとても多いタスクたち、まさにてんやわんやな2ヶ月が始まった。

こんな大学生活、いいんだろうか。とか、思ったりはしなかった。忙しくしてる自分は偉いだなんて、ほんとにずっと、つけ上がってたな〜。(1月の自分は思う。)

この頃週3ペースで出版社出勤していて、我ながらすごいと思う。あの通勤距離を。

書いてはいるものの、もうほとんどこの頃の記憶はない。あれれ

この頃は対面で出版社のインターンに参加できて、グループディスカッションでいい評価をもらったため、もしかして私も働けるのかも…なんていう希望を抱き始めた。自分、まとめ役としていい働きをしたんじゃないか、と。

(このとき、私が提案したwebコンテンツの企画はなんと採用され、連載がはじまった!)(ごく一般的な読者の目線を、当たり前のことのように思えても素直につたえるというのは、ものすごく大事なこと。)

11月

バイトつめつめは流石にきついので減らし、というかシフト削減政策がとられたためバイトにそんなに入れず、学祭準備にひた走る1ヶ月間。
この1ヶ月は本当に、自分の生活を犠牲にしてた。

毎日朝から晩まで詰まったスケジュール、中間の課題をバイト後夜遅くまでカフェでやったり、ミスコンの運営において急ピッチで進める作業があったり。
ベースの練習だって手を抜きたくないから、時間見つけてはひく、そんな感じ。(あとで触れないのでここでいっておきます。学祭での演奏は満足いくぐらい盛り上がり、たまに映像を見返しては楽しそうでにやける)

この頃は自分の見た目を気にしてうじうじするよりも、服装を考えなくて済むように、自分セット(制服みたいなもん)で過ごしてやろうと決めて、合理主義的な服装(つまり地味)な格好に、最低限のメイクでほぼすっぴん みたいな感じで過ごしてた。

駅で学調をしてた、社会、政治を考え活動する学生団体に出会う。ちょうど自分の関心に重なることもあって、会議に顔を出したけど、議論も情報もためになると思い、定期的に参加しようと決めた。

また、大学の教授のお声かけで、別の出版社(学術系)のアルバイトをしないか、というお誘いがあって、その出版社がある地域に片道2時間かけて面談に出向いた。そこで、雑誌を作りたくて、出版社で働くことを目指しているという旨を伝えた。 結局、その方々の求める人材と私の目指しているものは違っていて、だったら今働いているところを続けた方がいいよ、と優しく諭していただいて、40分足らずのお話しをして帰る。そしてそのままミスコンの設営へ向かう……

学祭の期間、ミスコン及びファッションショー当日!

わたしは統率力に自信があるわけではないけど、人のことを見る力、状況把握能力、仕事の割り振りなんかには自信をもてる。誰が何をすれば最適か、そんなことを考える頭の回転ははやいようで。自分が走り回って状況把握しては、いろんな人に声をかけて円滑にイベントが進むよう努められた、そう言わせていただきたい。

ファッションショーに出てくれたモデルさんや、バンドの演奏を見てくれた先輩からは、「生き方がかっこいい」なんていったもらえて、当方困惑ながらもうれしかった。

思いやりをわすれずに、自分も周りとも楽しみながら、その時やるべきことをやっていくかんじ、それは私らしいかもと思えた。


学祭が終わってすぐの月末には、待望の出版社合同説明会(対面)があった。
私は恥ずかしながら一番前の席の、一番最初に座った人で。一心不乱にメモをうんうん言いながら取ったり、質問も怖気付かないで聞きにいったりと、何ら恥じらいなく行動する痛いやつだったかもななんて思う。あの頃は自分が受からないとも受かるともわからないで、とにかく意識高いだけのやつ、って感じだった。人事部の方や、新入社員の方と直接にお話しできたことで、こんな方達のいる組織で働けるなら、私も出版社にふさわしい人間になりたい!と改めて志す。そんなミーハー心から。


12月!

何だか、燃焼しきった、みたいな過ごし方をした。なにをしてたんだろうか。

学祭が終わってしばらくは片付けやサークル引退に向けて最後の雑誌作り、お疲れさま〜のイベントの数々だったりで、しばらく力が抜けず(?)学校いって、バイト行って、人に会って、で精一杯の生活だったかも。

でも、サークルの人たちと会うのを最後まで全力で楽しみ切ったおかげで、今は一切なんの悔いなく、迷いなく自分のことに専念できてる。(1月末現在)

この頃 就活のことで血迷ってて、出版社に応募しよう、って踏み切る覚悟がなかった私は、憧れている雑誌を作ってる会社の、イベントで編集長に声をかけて、働きたいですって直談判しようかなんていう恐ろしいことを割と本気で考えてた。アピールできる能力や経験、絶対的なスキルがあるわけでもないのに。夢だけ。
他の人の意見を聞き冷静になって、それでも新卒枠で出版社就活にチャレンジしよう、と思い直したのは月の半ば。ある出会いをきっかけに。

ちょうどその好きな雑誌のイベントの帰りに、ちょうど髪切りたいと思ったタイミングで、ちょうど髪を切ってくれる人に声をかけられた。いつもの自分なら、リスクは取りたくないから、カットモデルの依頼を丁重にお断りするんだろうけど、その次の日は一年に一度のドレスアップする予定があって、どうしても髪の毛は切りたかったから、勢いにのってお願いしてみることに。博打!

何とその人と話すのはすっごく楽しくて、髪の毛もこれまでになく素敵に仕上げてもらってエネルギーをもらった。
その方は私の憧れている雑誌とつながりがあって そんな偶然にも励まされた。

出版社就活、やるしかないと、そのとき自然と覚悟が決まったんだと思う。

そして冒頭に匂わせた、あやうく書き逃すところだった、私を変えるきっかけとなる出来事が一つ。

私はとうとうやる気をなくしていた、寿司屋のアルバイトをクビになる。

週に一回しか出勤しない上に、その一回というのは大抵お客の少ない日曜日、ただ賄いを食べにきているだけのやつになっていた。
これ以上シフトを増やすのは無理(就活が忙しくなる上、働く気も正直なかったため)で、申し訳ない気持ちはありながらも、そのスタンスは変えなかった。

年末の出勤で最後で、と言われた。
バイトをクビになるなんて相当マズイ、なんて自覚はしながらも、ストレスの多い職場に未練はなかった。

そしてこの出来事は正直、ものすごく前向きになれる変化になった。

冬休みは、クリスマスや忘年会など、楽しいイベントを、2023年に悔いは残すまいと楽しみ、そしてひさしぶりの帰省、年が明けていった。


2024年1月現在。

ここまできて思う。
あれれ、うすうす気づいてたけど、それとなく忙しい日々をやり過ごしていただけなんじゃないかって。こんなもんだろうか?これだけ赤裸々に綴るのもなんか恥ずかしいですが…。

成長と言える成長ではないけど、
「出版社就活なんて無謀…目指せるとは思わない、、という気概の自分」から、「奮い立たせて、無謀かもしれないけど何とか歯向かおうとしている自分」に変わった。

12月の時点よりも、自分のことをよく知っているし、6月の自分よりも、やりたいことは明確で、関わりたい人と無理なく関われている。そしてなにより、ストレスから解放された!


私の大学3年生の1年間の印象って、「すごく充実していて楽しそうだね」だろうか。それは間違いない。自他ともに認めよう。

本当に今思えば、対して胸を張って言えることなんてそんなにないんだと思う。
そんな中必死にやりたいことを紡いで、長所や頑張ったこととして言えることを捻出してESを書こうとしてる、、、、。(書いて)

こんな、ドタバタで常に何かしらを抱えているような私だが、果たして「出版社に就職して雑誌を作る」という夢は叶うのだろうか。読んだ人が、プラスの影響を受けられる雑誌 を作りたいのだ。

ひとまずの結果は来月。
去年や、今の自分が知って驚くような、誇れる結果を残していたい。

最近元気をくれてる、ワンピースに肖って。
最高到達点まで一気に駆け抜けていきたい!





最後に

現実逃避で描き始めた昨年の振り返りが、大変長くなってしまいました。6000字を超えていますが、読んでくださった方はいらっしゃいますか…?

自分の書く文を客観的に見るのも、肯定するのも、簡単ではないですがやってみました。

冒頭でおはなしした通り、期末課題とESの締切で大ピンチですが、夢中になって6,000字もこうやってかけるんですから、終わらせられる!そう信じて乗り切りますね。



こちらの記事を読んでくださったみなさんに、すてきな出来事が、なるべくはやくに、起こりますように(せっかち)。ありがとうございました!

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