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そっと、確かに、響かせる #06:疲れる音

音を聞いていて疲れてしまうことがありませんか?音を気持ちよく聴くことと同じように、疲れについても考えてみましょう。音を聴くことにだって体力を使います。

耳は閉じない

耳はつねに開いています。目におけるまぶたのように使わないときに閉じるということができません。だからといって音が常に垂れ流しで入ってくる訳ではありませんよね。

人の耳は周りにある音のほとんどを拾いますが、その中で自分にとって必要な音=聴こうと思っている対象(相手の話声や好きな音楽)や感知しなくてはいけない優先的な情報(警告音や近づく車の音など)と、必要でない音=雑音として処理していいもの(相手以外の話声、雑踏の音、機械音など)とを判断しているのは脳です。脳は伝達され続ける音の情報の中で常に取捨選択を繰り返しています。これを「カクテルパーティー現象」と呼びます。パーティーなどたくさんの会話が聞こえる中である特定の人の声だけが聞こえる、不思議な現象。距離感や周波数、倍音などすべてが絡んだうえでの耳の性能を如実に表す性質です。

耳はまた、寝ているときに音からの意識を遠ざけることもしています。なんてよくできた器官なんでしょう、耳。もっと耳をリスペクトしたほうが良いと思います。

刺激的な音に囲まれると疲れる

騒音の激しい都会に住んだり、常に音の大きな工場やアミューズメント施設などに長時間いると精神的なストレスと同時に肉体的にも疲労します。産業が発達してから「騒音公害」が社会的にも問題視されるようになりました。好まざる音に囲まれる生活苦については、かれこれ何十年も前から世界中で議論されているのです。

自宅のリビングルームで音楽を聴いて要る場合でも、高音などをキンキンと響かせるクリアで情報量の多いサウンドを流し続けていると、耳への刺激が長時間続くため疲れに繋がってきます。ある程度音量を下げる、音質を調整する、スピーカーの位置を調整するなどの方法で、快適さを追求していくべきです。*

*本連載の最終的な目標地点です。

MP3などの圧縮音源の仕組みー「マスキング」

さてその騒音だけでなく、もっと細かい話に移りましょう。

前回ちらっと書きましたが、CDやMDの時代から、私たちは「電気的に圧縮/制限された音」を「個人的に」聴くようになりました。そしてiPodの出現によってさらにAACMP3といった方法による圧縮音源*を聴くことが多くなりました。

*「圧縮音源」について、ここでは限定的にCD未満の音質の音源を指すこととします。(正確にはCDも圧縮された音源です)

圧縮された音源はCDの音源あるいは非圧縮の音源と何が違うのでしょうか。音楽を形作るデータ量が減ることによって音に差が出ることは、何となくわかるかと思います。

AACやMP3といった圧縮方法は人間の耳の性質を上手く利用して(逆手に取って)、聴かなくてもいい、あるいは耳が聴き取りにくい音域の音データを削除してデータ量を減らしています。音楽は一度に様々な音色が鳴っていますが、そのすべてを収録してしまってはデータが膨大になります。これを減らさないといけないとき、音の「マスキング」という現象を元にします。

何種類かの音が鳴っているとき、人間の耳はその100%を拾おうとしますが、どうしても「被ってしまう」「聞き取れない」性質の音が存在します。非常にわかりやすい例を言えば、雑踏の中で携帯の電話が鳴ってもわかりにくいですよね。音によって音が消されてしまう、それがマスキングの性質の原点です。存在が大きい音には隠れてしまう音がある、その性質を利用して、「『聞き取りにくいな』と考えられる音を敢えて積極的に削除」しているのが圧縮音源の仕組みです。

様々なファイル形式で音を取り込んでみる

iTunesを使ってCDを様々なファイル形式でPCに取り込んでみます。手元にあったアース・ウィンド&ファイアーの曲で、標準的な取り込みをしてみました。

Earth, Wind & Fire「September」
[曲の長さ 3:35]
サンプリングレートはすべて44.100 kHz

ファイル形式 | ビットレート | データサイズ
MP3 | 128 kbps | 3.3 MB
AAC | 128 kbps | 3.4 MB
WAV | 1411 kbps | 36.2 MB

ビットレート*というのは単純に言えば、圧縮する音源をどのくらいの細やかさで作るかという単位です。kbpsはキロ・ビット・パー・セコンドの略で、1秒間に何ビットの細かさで音を構成させるか、ということです。ここでは標準とされている128kbpsで取り込んでみましたが、128kbpsはそれなりに良いヘッドフォンで聴くとちょっと音質が悪いなとわかってしまうレベルです。

*PCのソフトでCDを取り込む時はこのビットレートを自分で変えることもでき、256kbps(コンピュータのデータなので数字は基本的に2の乗数です)などに増やせばその分データサイズも大きくなって音質が向上します。

CDと同質の音源であるWAVと比べるとそのデータ量が少ないことがわかります。データ量が少ないことのメリットは、iPodなどのポータブルプレイヤーにより多くの曲を記録させることができる、インターネット上の通信(ダウンロード)に時間がかからない、等があります。そのため現在はこういった圧縮音源が主流になっています。ネット環境のインフラやデータ保存機器の画期的な発明が今後起こったなら、圧縮されない音源が主流になることでしょう。

音質の違いで疲れる

実際のデータ量の違いはわかりませんが、「CDはマスターテープ音源のデータの15%しか再生できない」とも言われます。音色とか広がりとか感覚的な部分もあるかと思います。

下図、あくまで筆者の感覚で正確な対比ではありませんが、音質を円にして考えてみました。

上の図にあるのはすべて円ではなく直線で作られた多角形です。直線の数がその曲を構成するデータの量と考えてください。スタジオで録音されたマスターテープは100角形としました。ほぼ円=原音に近いと言えるでしょう。気持ちよく転がっていく…滑らかな音で再生されることでしょう。次にCD。48角形とした図形はパッと見だいたい円ですね。でも見る人がみたら「これは円じゃない」と言います。でも滑らかに転がっていくでしょう。一番下の圧縮音源は24角形としました。角張っていますがコロコロと問題なく転がっていきます。しかしこれが体の皮膚の上をずっと転がりつづけるとイメージしてください。次第に「ちょっと痛いな」と思う事でしょう。円に例えましたが、椅子の座面でもいいかもしれません。ザラっとした座面に座っていても最初はいいですが、長時間座っていると違和感が湧いてきて、最後はおしりが痛くなってくることでしょう。

何度も書きますが、短時間ならその違いはわかりにくく、長時間で(さらに大音量で)あるほどその影響が強くなります。

これら圧縮音源を長時間聴いていると、非圧縮の音源を同じ時間聴いているのに比べ、疲労を感じるのではないかと私は考えます。例えば今、カーオーディオはスマホからBluetoothなどで音楽を流すのが主流ですが、あの閉鎖された狭い(音の反射の範囲も狭い)空間で何時間も大音量の圧縮音源に浸ると、何かしらの音的なストレスが溜まってくるはずです。それこそ、乗っているシートの布がザラっとした素材のものに座っているのと同じような感覚で。

問題がわかりにくい、という難点

問題は、MP3などはとても効率よく圧縮しているため、ちょっと聴いただけではその違いがわかりにくくなっている点です。*

*ここが実は難しい話で、わかる人は凄くわかるんですね。食べ物や飲み物の味のわずかな違いがわかるのと似ている気がします。わかる人は、ちょっとした音質の違いがわかるし、拒否感も強い。私個人の話をすると「本気で聴き比べればわかるけど、あまり気にしない」です。音楽を聴く時の重要な部分をどこに求めるか、という話かと思います。時間があればこの辺もどこかで。

神経質な話になってしまいましたが、文明の人体への悪影響というのはいつの時代も目に見えず耳に聞こえず、些細な範疇の話である事が多いかと思います。MP3等の圧縮音源が悪ではありませんが、警告すべき点もある、という今回はそんなちょっとヘビーな話でした。耳の話題が出たので次回は「サウンドスケープ」について書きたいと思います。多分2回に分けて。お楽しみに。

次回、7月30日、8月15日の更新はお休みとさせていただきます。


今年は長い夏になりそうですね。木陰でひとやすみ。
【夏風は気持ちよく】
Marc Johnson / The Sound Of Summer Running
http://shop.ameto.biz/?pid=57416053


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