見出し画像

本の感想|ヴォイド・シェイパシリーズ


全5冊からなる『ヴォイド・シェイパ』シリーズ。
森博嗣氏の著書のなかで、V、百年、四季につづいて特に好きなシリーズのひとつ。

主人公の通称はゼン。
後に本当の名前が判明するのだけど、思わず「禅」や「善」という漢字を充てたくなってしまう。そんな人物が、世の仕組みや現象を先入観なく捉えながら綺麗なものを見せてくれる物語。

綺麗なもの

戦いの描写が鮮やかで印象に残るこの作品。

草が伸びるように、優しく、刀を抜いた。
切っ先から蔦が先へ伸び、小さな蕾がつき、花が咲き開く。
(マインド・クアンチャP274)

森博嗣『マインド・クアンチャ』より

特に好きなのは最終刊『マインド・クアンチャ』の、侍が一対一で剣を振るうシーンの創造性。まるで松本大洋氏の描く漫画のワンシーンのようだった。
嬉しくても悲しくてもどんな状況でも綺麗なものは存在するのだ。

3作目『スカル・ブレーカ』の戦いの描写も凄かった。
燃える紅葉の赤と、色んな意味での「血」。
このシリーズは季節と心理描写とがリンクしていて絵が鮮明にうかぶ。

無とカリスマ

天下人にふさわしい人物とは?
剣術に秀でた人なのか、もしくは「血」か。
世の決まりごととして血の繋がりが重要視されるのは何故なのか。
大勢の人を惹きつけ統率するには何が最も必要なのか。
そんな疑問に対する回答のなかのひとつが本作に書かれているのではないかと思う。

そしてシリーズ通してのキーワード「無」について。
身体の細胞が毎日生死を繰り返して、液体のようにすべてが流れるなかで、名前と記憶は自己同一性を維持するシステムとなりうる。

ただ、自分より「上」の視点から見ることを想像したときに、自分という個人(心)は認識されず、大きなひとつの絵の構成要因としてみなされる。
さっき自分の肌にとまった蚊も先週の蚊もすべて同じ蚊として認識してしまうように。
近くで見た点描画のそれぞれ微妙に違う点たちが、遠くから見ればひとつの絵になるように。
この論理でいくと最終的には宇宙にあるすべてがひとつのものであるという抽象化も可能で。
上の視点、心が認識されない視点、個と個をつなぐそのあいだ、刀と身体をつなぐそのあいだ、そこに無がある。
という考え方もできる。

素直さと理屈っぽさの融合

シリーズ通してレギュラー出演のノギさん。
彼女こそが一定割合の読者の視点でもあるのかも。主人公ゼンに対して抱く気持ちを代弁してくれているような。
あと二人のやりとりがかわいい。とてもかわいい。ひじょうにかわいい。
この物語、最終刊のエピローグにすべての価値が集約されているかもしれない。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?