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innocence

清らかな死のベールを見た。彼の閉じられた瞼や唇、嫉妬するほど綺麗な形の鼻、組まれた指先までもがそれに覆われ、この手で触ることが不浄に思えるほどだった。

それはユラユラとなびき、私たちまでかき撫でる。そうして皆さめざめと泣きながら口々に、いい奴だった、純粋で心優しく、穏やかで、と彼を語った。その様はニュースのインタビュー映像と重なって見えた。まるで聖人だな、と自分の奥深くにある冷たく静かな所でポツリと呟いた。

遺影の中の彼は輪郭がぼやけている。小さく写っていた写真を目一杯引き伸ばしたせいだ。輪郭だけでなく、肌もなんだかつるりとしていて、儚さに磨きをかけている。その頭上に天使の輪を浮かべてみたが、ちぐはぐに似合わなかった。

私に語らせたら、彼はそんな素直で純朴で、儚げなんかじゃない。ナイーブで暗くて、それでいて案外図太く、かつ捻れている。笑うツボが若干ズレていて、気に入ったらかなりしつこい。そんな彼を私は少し面倒くさく思ったりして、相手にしない時もあった。

全てが確かな現実なのに、全てが綺麗になっていく。彼の魂がもうこの世のどこにもないのであれば、私たちは自らの中に宿る彼の記憶を頼りにするしかない。なのにこんなにも洗われ、薄く、わからなくなっていく。

時に彼に対して冷たい気持ちを向けたことを忘れない。だから神様どうか、彼を天使のようにしないでください。彼はそんな透明な存在じゃない。

式場を出て空を見上げると、身が持たないくらい圧倒され立ち尽くした。それが死というものだと、神様がぴしゃりと諭しているような、そんな晴れ方だった。


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