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tomosibi

秘め事というのは誰にだってあるが、それをさらけ出さない訳にいかないのは、物書きの性なのか術なのか。ただ自分の中から沸き立つものが無ければ何も生まれないし、良いものにならない。私たちはその瞬間を見逃さず、火種を大事にしていかなければならない。

そうして生活の中では息をひそめじっとしているのだが、何を思われてるのか怖い、と距離を取られた時はさすがに悲しかった。それと同時に、私のそばにいるのは居心地悪いだろうなと、自覚できてしまうのも悲しかった。

ある日ゼミで出すことになった文集の作業で残っていると、遅くに二人になれたので、夜の謎の魔力にも助けられながら彼にその話をしてみた。彼はなんだか嬉しそうに、そしていじわるな笑顔で頷いた。

私たちはそういうものなのだ。彼を見ていると、そんな誇らしい気持ちが灯った。点々と白々しい街灯に結ばれたこの侘しい道も、私たちに用意された道なのだと思うと、怖くも寂しくもなかった。

こうして文集に載った彼の短編は今でも私の中に、まるで山に伝う水のように、脈々と流れている。世界と噛み合わないもどかしさ、誰かを憎む気持ちの不確かさ、自分の至らなさに打ちひしがれる。ただ彼の眼差しは冷ややかに見据えるものではなく、切なく愛おしい。普段は側にいるとヒヤヒヤすることもある、青さの残る青年なのだが、その短編こそが、私にとって彼のすべてだった。

その後何度か見かけた彼の小説はあの時とは変容し、それは私ではない誰かによってなのだと思うと、少し切なさを感じた。しかしそれ以上に彼は、誰の手も届かないほど深い寂しさの中にあるようだった。まるで赤ん坊のように、ストレート過ぎるほどに、欲望を露わにしていた。

彼に失望する人、冷笑する人の声が聞こえてくる。それでも私は、あの笑顔や文集や夜の道がないまぜになって、胸騒ぎがしていた。

彼の死因は、不詳とのことだった。事件性はなく、自殺でもなく、病気も患っておらず、一人自宅で息絶えた状態で発見された。

あまりにも突然で早すぎる死に、世間は悲しみと衝撃に打たれた。その世間の狭間で一人、妙に納得してしまっている、最低な自分がいた。どうしても彼の死がとても自然な流れのように思えて仕方なかった。

彼の全霊が、胸に迫るほど怖く美しく燃え、芯は残しながらも段々と、細く苦しく強く、しんと消えた。血糖値だの不整脈だの、肉体の話ではない。絶えず息をしていたのは彼の魂で、私が見ていたのはまさにそのゆらめきだった。


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