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si no inryoku

彼の亡骸が、火葬炉に入っていくのを見つめていた瞬間がピークだった。胃のあたりが重く、喉の奥がぎゅっと閉まって、頭はなんだか冷たかった。その時の気持ちはどうだったんだろう。どう言葉にしたらいいのかわからない。ただ言えるのは、あの瞬間が一番怖かった。そのあと彼はばらばらと骨になって、箸で掬い上げる時にはもう、その気持ちは引いて静かなものだった。

故人を見送った人は皆この瞬間を迎えているだなんて、人間はなんてすごいのだろう、と思うようにした。火葬場の職員の慣れた手つきに、救いを感じた。

それから妙に滑らかな、砂漠のような夜がやってきた。月も風も、優しく甘ったるく私を撫で、そして私の表面を少しづつさらっていく。朝日に気がついて目を覚ますと、ついさっきまで瞼の裏にあった、顔を歪ませ体をのけぞらせる彼の残像が、徐々にぼやけて消えていく。

これからくり返し押し寄せる季節を、私は乗り越えていけるだろうか。ざわめく葉音や、跳ねる雨や、踊る木漏れ日は、彼の呑気な声になって、あまりにも幼稚で平和でささやかすぎる夢を囁く。


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