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日が傾く夕暮れ時、太陽と空がくっきり分かれる瞬間がある。空の青さがそのまま落ちてきて、あたりを青く染める。そこはまるで深海のようになる。そのしんと音の届かない海底で、自分の鼓動だけが聞こえる。そんな時に、彼女を初めて捉えられているような気がする。

彼女はいつもそういうところから、世界を見ているのだろう。光に惑わされずに、確かな輪郭と色を知っている。

彼女のようになれたらと思う。そうしたらこの醜い心に疲れたり、身近な人や自分までも振り回したりしない。

「大丈夫?」

彼女の手が背中をさする。宇宙の真理を掴もうとするような、母が子に教えるまじないのような、深い深い優しさを持った手だ。ただ背骨に当たるリングの感触が、ズキズキと痛い。

「いつものことなんで…」

座り込んでいるのに立ちくらみのように、世界がチカチカと、ぐらぐらとしている。その中で彼女だけが本物で、もういっそこの手を引いてどこか連れ出そうか、という衝動に襲われた。

自分は結局のところ、愛に飢えている。みっともないくらい、そういう本能に動かされている。小説のように綺麗な言葉で片付けられたらいい。でもそれがなんの役に立つというのか。見ず知らずの人を、知らず知らずのうちに救っているのかもしれない。それでも自分の世界はちっとも変わらないし、彼女はこの先交わらない道を歩き始めている。

この手を取れば、まだ間に合うかもしれない。でもできやしない。きっと彼女は瞳の奥を揺るがすことなく、甘い瞬きで僕を透かすだろう。その目に見つめられるのが怖くて、顔を上げることができない。

ああそうだ。だから眺めていたんだ。ずるいな、自分は。

ようやく動悸が落ち着いてきた。頭の隅々に血が巡ってきて、人々の行き交う足音や、発着のアナウンスがはっきり聞こえてくる。一つ一つの骨を開いて体を起こし顔を上げると、彼女は少し泣きそうな顔で微笑んでいた。

その穏やかな場所で眠りたかったなあ、と目の前の彼女を遠い目で見上げた。さらけ出し削ってきたこの身は、そこに流れ着くものだと漠然と信じていた。結局のところ、優しさなんて持ち合わせず弱いだけの自分は、綺麗な場所では息ができない。

もがききるしかない、言葉を尽くして。

それが彼女を困らせ怯えさせるものだとしても、いよいよ振り返ってもらえなくても、周りを呆れさせても、自分の惨めさに虚しくなっても。彼女と同じ世界にいる限り、それが生きる道なのだから。


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