娘と「朝のドライブ」
<前置き>
この記事はほぼ1年前に、noteをはじめてみようかと書いて保留していたものです。
高校生の娘を、毎日学校まで送り迎えしている時に感じた風景。
自分が味わっていた感触を忘れないようにと、文字にしました。
今も送り迎えは継続中。
ルートを変えたので、猫ちゃん達には会えてないけれど。
風景を懐かしく思います。
●朝のドライブ
前の車の走りが、なかなか速い。
車全体から、急ぎ足の唸り音が聞こえる。
「前の車、急いでいるね~。」
「朝はみんな忙しいもんね。助かる!」
と、ハンドル切りながら私は言った。
助手席の娘が
「いいね。ナイス。」
と腕時計をチェックしながらつぶやく。
私も、時刻とスピードメーターをチラ見しつつ、前の車に便乗してスピードをのせる。
空は、"梅雨の始まりなのよ…"と少し申し訳なさそうに宣言しているような薄曇り。
風が、歩道に並ぶ旗を揺らして、"なるべく蒸し暑さは抑えといたから!"と言いたげにそよぐ。
車の窓を少しあけて、そんなほんわかした風を吸い込みながら、アクセルを踏む。
今日は、少し家を出るのが遅れた。
スムーズな流れの道を見極めなければと、周りの状況に神経を集中させる。
この、周りの状況読みとその後のルート選択は、わりと大事だ。
賭けであり、遅刻か否かの運命を左右する。
「あー。信号に捕まった。これ例によって赤信号の連チャンパターンかも。」
とネガティブ発言をしてみる私。
「えーやばいよ。ここでもう24分だよ。遅刻しちゃう。」 と娘は口を尖らせる。
車の左横すれすれを、自転車の子達がすり抜けていく。
「まぁなんとかなるでしょ。ほら、まだ自転車のあの子いるし。」
「あの子は信用ならないんだよ。いつも遅刻ぎりぎりだし。」
と娘が友達の姿を目で追う。
時間のせいか、いつもより通学自転車が少ない。
「サラっとちゃんは、まだいないよ。」
と私は試しに言ってみる。
「サラっとがいたらアウトなの!
遅刻常習犯ってゆってるやん!」
と娘はおかしな関西弁口調で返してきた。
いつもほぼ遅刻の時間のはずなに、サラっと髪をなびかせて、涼しい顔で学校に向かう娘の同級生がいるのだ。
ふたりで"サラっとちゃん"と名付けている。
あの子はいつも遅刻しているのだろうか。
たぶん、たった数分の遅刻。
あと5分早く家を出れば、ギリギリ間に合うのだろうに。
でも、"朝の5分"がサラっと髪には欠かせない時間だったりするのかもしれない。
人には人の"代えがたい時間"があるものだ。
毎日の送り迎えドライブで見かける光景には、退屈させないものが結構ある。
洗濯用のネットに入れられ抱っこされた"猫たち"も、そのひとつだ。
行きの道にある動物病院前で、運が良ければ見られる光景。
飛び出し防止であろう、洗濯ネットに入れられた黒ぶちと白の猫二匹が、エプロン姿の年配女性に抱えられて道を横断する。
「いた!カワイイ~!」
猫たちの姿に、娘は黄色い声援ならぬキャー声を響かせる。
洗濯ネット越しでもよく分かる、観念し切った〝へ文字顔〟の猫二匹。
猫たちのその表情が、なんとも味わい深い。
暴れることなく素直に、少し情けない顔で連れて行かれる様が愛らしくて、思わずクスッと笑ってしまう。
出会えた朝は、そこでテンションが1ポイント上がる。
娘と私の人知れぬパワースポットだ。
助手席で窓の外を眺める娘の表情も、起きぬけの時よりずいぶん良くなっている。
波がある娘の体調も、ちょとしたことで気分と一緒に上向きになるようだ。
猫の存在を偉大に思う。
今日は、灰色に淀んだ訴えかける眼差しではなく、生気を保った目のまま車を降りていってくれそうだ。
車は小刻みに変速しながら、たくさんの人が行き交う朝の喧騒の中を走る。
急ぐ人にだけ、やけに意地悪な信号機。
我関せず、ゆったり運転する車から派生する渋滞。
いろいろなものに巻き込まれながらも、車は進んで行く。
「右折ラインのないところで、右折するなー!」
「出だしが遅いー!もっとアクセル踏んでー!」
幾度となく進行を妨げる前方の車たちに、理不尽極まりない悪態を二人でやんややんやとつきながらも、目的地は着実に近づき、無事始業前に到着。
「帰りは5時ね!行ってきます!」
「はいよ。いってらっしゃい。」
リュックをひょいっと背負った娘は、いくぶん軽やかに車をおりる。
バックミラー越しに娘の後ろ姿を見送りながら、今日もほどほどに頑張っておいでね、と心の中で呟く。
車をUターンさせて、もと来た道を戻る。
仕事がオフの日はそのまま帰宅して、待ち構えている家事をこなすのだ。
帰り道のひとりドライブ25分。
送り迎えドライブは肉体的には運転義務に束縛されるけれど、物思い耽るにはもってこいの自由な時間なので、結構好きだ。
そして、このドライブに欠かせないのが、音楽。
今日は、ショパンのピアノ協奏曲第2番 第3楽章 を選曲する。
車のエンジン音にも、あまりかき消されることがなく聞けるクラシックだ。
技巧的なパッセージの連鎖。
「ここ好き!」
と思わせるユニゾン楽想。
腰痛緩和のため、信号待ちでニュートラルにサイドブレーキをかけながらピアノの音色に聞き入る。
途中に現れる、高音の軽やかな連符がとても可愛い。
私には、2羽の小鳥が楽しそうにさえずり、遊びながら舞っているような風景が浮かぶ。
ハンドルを片手に窓を下までおろすと、前髪が風でなびいた。
空にはほんのり薄日が差してきて、風に吹かれる街路樹が音楽に合わせて揺れている。
さあ、今日もちっちゃなほほ笑みシーンを見つけよう。
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