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【日常で思うこと】ちょっと変な人

出会いがなくなった
…といっても、恋愛を対象とした人物ではない。
ここ数年 “ちょっと変な人”と偶然会うことがなくなっていた。
この「ちょっと」というのが大事で、単なる“変な人”だと、大体安い飲み屋やいかがわしい店が立ち並ぶ通りへ行けば高確率で遭遇できる。

でも、“ちょっと変な人”は、大多数が経験しづらい過去を持っていたり、職業や肩書だけでは表せられないクセのようなものをもっている。
一見普通だけどコミュニケーションを取る内に、家庭や会社といった身の回りにいる人たちとは違う微妙なズレを感じる。それは割った玉子に黄身が二つ入っていたり、試しに使ってみたボディソープが思いのほか、いい匂いだったときのような気持に似ている。
 
これまで演歌歌手を目指す中国人やヤクザの愛人、方向音痴なベトナムのラウンジ・バーの経営者、ヘミングウェイがやけに好きな料理人…などと出会ってきた(この人たちについては、機会があったら書こうと思う)。
 
ここ最近はこういった人たちと会う機会が減っていた。
 
コロナ禍での外出制限、住む場所、家族と過ごす時間を増やした…といったことが要因だろう。
あとは、タバコをやめたこと。
場末の飲み屋や喫煙所は、初対面の人たちと何気ない会話がしやすい空気が漂っていた。
 
でも、数日前にこの“ちょっと変な人”かも…という人物に出会った。
仕事終わりにカフェで本を読んでいたときだった。
隣に座っていた日経の夕刊を読んでいた70代ぐらいの男性から話しかけられた。
Amazonで買ったのでブックカバーは着いておらず『「超」入門 失敗の本質』というタイトルが露になっていたのが、気になったのだろう。

「これを読んだら、ぜひ『失敗の本質』を読んでみてください。日本軍の過ちがより深く理解できますよ」と低く穏やかな声で言ってきた。

戸惑いながらも「はい」と愛想笑いを浮かべっていると男は遠い目をして

「あの頃は大変だった…」と呟いた。

あたかも日本軍にいたかのようだが、見た目の年齢と太平洋戦争の時代が合致しない。
「組織の人数が多いほど、長くいるほど、人間は愚かになる…」

「会社を経営されているのですか?」と訊くと、彼は首を振った。

「旅をしています」

やけに輝く瞳を向ける。皺のないスーツをきっちり着た、その男はボケているようには見えなかった。
「あなたのこれからに幸あることを願います」
彼は新聞を丁寧に折り畳み、席を立った。

なんで、ぼくに話しかけてきたのか。『失敗の本質』という本にどういった思い入れがあるのだろう。
“旅”とは? メタファーなのか、それとも本当にあらゆる箇所を巡っている人物なのか。

彼は疑問を残して立ち去った。

久々のこういった人との出会いに戸惑っていた自分が情けなくなった。
もっと話が聞きたかった。
また出会ったら、今度はこちらから話しかけてみようか。

もしかしたら自分が定義する“ちょっと変な人”に当てはまるかもしれない。そんなことを思いながら、ぼくもカフェをあとにした。

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。