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第百八十五夜 『花の慶次〜雲の彼方へ〜後編』

後編


トライアスロン大会の翌日、彼はいつも通り会社に出社した。

まるで、ルーティンをこなしてきただけという顔つきだ。


トライアスロンであげてきた武功を誇示するでもなく、淡々といつも通り仕事に取り掛かる。


「Jさんは『花の慶次』が好きなんですね。」



彼は口に運んでいた無料のアイスコーヒーを一度置き答える。



「好きなんてものじゃないです。


大好きです。


なぜか我々は自然とそれぞれが、前田慶次、奥村助右衛門の役割を担うことが決まったほどです。」



「役割ですか。」



「言葉足らずでしたね。


どういうことかと言うと、幼少期に戦隊モノごっことか、Dボールごっこなどを嗜んだ方は多いと思います。


それと同じです。


人生を通して『花の慶次〜雲の彼方へ〜』ごっこをするのは楽しいのではないかと思い、実にJ君と32年以上この遊びをしているんです。」


「それは幼馴染ならではのやりとりですね。それに関係性も良い。」



前田慶次と奥村助右衛門の関係をここで詳細に述べることはしないが、お互いを信頼し武功をあげてきた盟友と言える間柄であることだけ簡単に触れておこう。



「一度だけ横道に逸れ、18歳の時だったと思います。


J君からの提案で、マフィアごっこをやろうと言う提案を受けました。


私が「ラッキールチアーノ」でJ君は「マイヤー・ランスキー」の役を。


ただ、それはまさに三日坊主というか、3日と持ちませんでした。」



ルチアーノとマイヤー・ランスキーの関係性をここで…以下省略。



「Jさんは本当に奥村助右衛門みたいな人生を歩んできているんですね。」



どうやら興が乗ってきたようだ。彼はすっかりアイスコーヒーを机に置きこどものように語り始めた。幼馴染の話というのはその場にいなくても人を幼少期に引き戻すのであろう。



「私はカフェインポエムをはじめた12年前から、定量的に法令遵守の精神で生きています。


だけど、そのポエムを始めるまでの私は、J君が奥村助右衛門というのと同じレベル、いやそれ以上の前田慶次よろしくの傾奇者だったんですよ。」



「だいぶ昔に片鱗は聞いたことがありますね。車の話とか。」



むしろ、今でもその片鱗は色濃く残っているという言葉は喉元まで出ていたが飲み込んだ。



「酷い時は破天荒に過ごした日が1年で456日になるほどです。


私の過去の話は一度置いておきましょう。


閑話休題というやつです。


そんなJ君と私はトライアスロンの大会に一緒に参加をしたんです。」



彼がこういった冗談を言うのは珍しいなと思う一方で、彼は『精神と時の部屋』と言う彼の世代では大人気の漫画の修行場の使い手であるので、彼の中の特殊相対性理論では一年は500日くらいあるのだろうと勝手に納得することにした。



「私は最近になって強く思うことが有ります。」



喉を潤すためにアイスコーヒーに手をかける。ここから本題なのだろうと私も一度水を口に含む。



「人は他人から感銘を受けたり、影響を受けるたりすることも嬉しいですが、人は自分の話を他人に聞いて貰えることは、それら以上に欲求が満たされます。


今年の1月に大会に参加するにあたって、私の抱負をお伝えしました。


私にとってのトライアスロンはルーティンです。


分かりやすく言えば、準備運動に過ぎません。」



「準備運動ですか。」



聞き返したものの、何の準備運動はこの場にいれば言われなくても理解できる。会社の目指すべき道、そして、彼の叶えるべき生涯の目標だ。



「私の目標は将来『次の世代にも営業職がカッコいいと思える時代をつくる』ことです。


その為に『全国民のライフプランを可視化』するサービスを提供して、社会に貢献してファイナンシャルプランナー、もとい営業職が活躍出来る時代を作るのです。」



そう、それが株式会社アメリの目指すべき指標でもあり、大きなマイルストーンである。



「それによって、営業職の方々はお客様に寄り添って、一生涯を通してサービスが提供出来て、お客様に喜んで貰えるカッコいい職業になると思ってます。


私は経営側の人間で有り、個人では一流の営業パーソンで有り続ける必要があります。


そんな私にとっては、トライアスロンは準備運動には丁度良いルーティンなんです。」



今日の最初の仕事ぶりというか顔色を見ても、昨日のトライアスロンの疲れなど微塵も感じさせなかった。そう直感したのは正解だったのである。幼馴染もびっくりするかもしれない彼への理解であろう。



「しかし、ことJ君とのトライアスロンは全く意義が変わります。



J君と私は同じ世代に産まれて来ましたが他人です。だけど、同じ時間を過ごして、同じ目線で今までこの時代を歩んで来ました。


出会ってから43年間、J君との思い出は沢山あります。


それはもう。


沢山です。」



彼のアイスコーヒーの氷はすっかり溶けてしまった。その水面の反射にJ君を投影しているような口調で話し続けた。



「もちろん、思い出は良いことばかりではありません。


お互いがすごいなと思ったことも有れば、もうこいつとは会いたく無いと思ったことだってあります。


協力をしたことも、逆に嫉妬から邪魔をしてやろうと思ったことも。


相手の成功を喜んだこと、相手の失敗で安心をしたこともあるでしょう。」



思い出を抽出しているのだろう。一つ一つの言葉をに思い出が纏わりついてくるのだ。私が聞いている何倍も濃い追体験を彼は言葉を発しながら見ているのだ。



「しかし、紆余曲折をしながらも同じ目線で同じ時代を生きてきたことは揺るぎようのない事実です。


私はJ君を尊敬し、同時に自慢の親友と思っております。」



彼の顔がようやくコーヒーの水面から私に向く。長い長いタイムトラベルから帰ってきたようだ。



「ただ、人はそれ以上にどうしようもなく自分のことを知って貰いたいと思う生き物です。


私は3歳の頃からのJ君を知っています。


他人は当時のJ君とは明らかに違うと言うでしょう。


それでも、私からすれば出会った当初と現在のJ君の本質は全く変わりません。」



「 」



「逆も同じだと思います。」



一呼吸。その間は彼がそれを確信していると同時に願っているのではないかと私は考えた。

43年の歳月は言葉を交わさずともわかるからこそ、言葉にせず確信でありながら確かめる気かはなかったのではないだろうか。



「人は自分自身のことを知っている人には、これからも自身のことを知っていて貰いたいし活躍をして貰いたいと思うものです。


そんな関係で入れるJ君がいることは、私にとって幸せだと思います。


そして、J君が奥村助右衛門の様に安定をして、人生を全うをして私を見ていることは安心でもあります。だからこそ、前田慶次と私には責務があります。


前田慶次には圧倒的な強さと人間力が有り、奥村助右衛門は親友の前田慶次に対して安心をしていました。


私も前田慶次の様に大きな組織に属していなく、自分自身の判断で生きているので、私自身のメンタルとフィジカルが継続的に強くないと親友のJ君が不安になるのです。


なので、私は決めていました。1月のポエムで伝えたことです。


J君が3時間で完走したら、私はそれよりも5分早く完走しようと。


J君が2時間50分なら、私はそれよりも5分早く完走しようと。


J君が2時間40分なら、私はそれよりも5分早く完走しようと。


そう決めていたんです。」



なんてことはない。やれ格好をつけた物言いをしているが、彼もまた幼馴染であるJ君の前では、根源的な傾奇者の血が騒ぐだけのことである。



私はちゃんと強くいることを伝えることが親友に対しての私の責務だと考えていました。なので、常に一流の営業パーソンとして、1月から過ごしてきました。


特別なことは特にやっていませんが、これまで以上にに大切に私ざ35歳から毎日して来たことを同じ様にして過ごしてきました。


そして、昨日のトライアスロンは無事2人とも完走をしました。


タイムはJ君も私もベストタイムだったんですよ。


お互いが最高のパフォーマンスを出せた事は掛け替えのないことです。


本当にありがとうと伝えたいです。


奥村助右衛門と前田慶次の間には勝ち負けはありません。


お互いが安心して、お互いの生涯を見続けることが大切です。」



そう。傾奇者は様々な理由や意義を述べているが、とどのつまり幼馴染に負けたくないのである。それは単なるスコアということだけではない。自分はここまでやっているぞすごいだろうと、子供のように純粋に競うことに郷愁の愉悦を享受しているのだろう。


彼はそこで話をやめた。

彼らの戦いの結果がどうだったのか気になるだろう熱心な読者のために、特別にタイムを公表しよう。


他言無用である。


奥村助右衛門:2時間49分9秒


前田慶次:2時間44分5秒


今大会は無事、前田慶次はその責務を果たしたこととなる。


同じ時代を同じ場所で過ごした幼馴染と、さらに濃密な3時間弱を過ごした彼はまさに武勲を挙げた武将のように晴々とした幼いままの少年であった。


S村助右衛門へ

〜カッコいい男を

  演じるのはもう辞めだ

     有野慶次より 後編 完〜




物語の続きはまた次の夜に…
良い夢を。


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