映画のすゝめ:『福田村事件』(2023)136分
はじめに
皆さん、ヒトラーやホロコーストのことを知ったときこう思ったことはありませんか?
自分なら絶対ヒトラーなんかに洗脳されない。
自分ならユダヤ人だからといって殺すことなんて絶対しない。
未来から見た過去は過ちや矛盾に溢れていて、なぜ当時の人々はあのような行動を起こしたのか、めっきり理解できないことばかりです。
しかしそれは未来からという第三者視点、客観的視点で物事を捉えることができるからです。
もし自分が第二次世界大戦最中のドイツに住んでいたら。
果たしてあなたはヒトラーに疑問を持つことができるか。
疑問を持つことができたとしても、ヒトラーの暴挙を阻止できるか。
その時代の世界情勢、固定観念、集団心理、長年深まってきた人種間の軋轢、そういったものがあると人は思考を止め、正常な判断ができなくなるのではないでしょうか。
かつての日本でもドイツとユダヤ人のように、人種で分類し殺戮が行われたことが有りました。
その一つが「福田村事件」です。
今日はそんな実際に起こった事件を基に作られた『福田村事件』という映画をご紹介します。
予告編はこちらから。
あらすじ
1923年9月1日、日本の関東地方を未曾有の大地震が襲った。
関東大震災である。
死者・行方不明者推定10万5000人の大災害。
しかし命を奪われたのは地震による被害者だけではなかった。
大地震による混乱の中、飛び交う噂と憶測、そして日本人の心の底に深く根付いた疑心により、朝鮮人への大虐殺が起こったのだ。
震災の起こる13年前、日本は韓国を併合。
日本への帰化が進められる中で、朝鮮半島では独立運動が激化していた。
その様子が日本国内にも伝えられるようになると、日本人の中で、"朝鮮人は野蛮だ" "朝鮮人は日本人を憎んでいる"そういった感情が共通認識として持たれるようになった。
そんな中で起こった大災害。
災害に乗じて朝鮮人が日本人を虐殺している、そういった根も葉もない噂が飛び交った。
そうして起こった福田村事件。
千葉県福田村で、朝鮮人と間違われた行商人の一行が村の自警団によって虐殺される事件が起こってしまったのだった。
感想※ネタバレ有
「朝鮮人なら殺してえぇんか?」
作中で朝鮮人と間違われ、殺された行商人のリーダーが口にした言葉です。
行商人の一行が日本人なのか、朝鮮人なのかで口論を続ける村人たち。
話す言葉が違う(讃岐語)、朝鮮の扇子を使っている、怪しいことばかり。
それでも決定打がない。
そんなときに村人の一人が叫んだ言葉。
「間違っていたら日本人を殺すことになるんだぞ!」
その言葉に対してリーダーが口にした言葉になります。
もし仮に間違っておらず本当に朝鮮人だったら殺すことが正解なのか?
現代を生きる私達の感覚では、日本人だからとか朝鮮人だからとか、そんなことは人を殺して良い理由にはなりません。
如何なる理由があろうとも、一個人が他人の命を奪うことは許されていないのです。
しかしそれが許されていたのがこの時代なのです。
朝鮮人を見つけたら先に殺さないと殺される。
自分を、家族を守るためには正しい行動だとされているのです。
そんな共通認識が広まっていた時代において、果たして自分が、人として倫理的に正しい思考回路を持ち合わせ、それを行動に移すことができるのか。
私にはわかりません。
いえ、おそらく私もその時代に生きていたら自分の命と引き換えに朝鮮人を守る、なんてことはできなかったと思います。
しかし今私はこの映画を観て、なんて愚かなんだ、どうして同じ人間同士殺し合うのか、そういった感情を持つことができます。
それはきっとこれまでの人類が少しずつ少しずつ、人の命が尊いものだということを、人種間に優劣はない、そういった考えを作り上げてきてくれたからです。
過去から学べる私達ができることは、同じ過ちを繰り返さないこと。
頭ではわかっていても難しいかもしれません。
それでも、同じような状況になったときに、あれ?と思える気持ちを抱く人が一人でも増えること。
それが大事なんだと思います。
この福田事件からはまだたった100年ほどしか経っていません。
いつか地球上から諍いや戦争がなくなる日が来ることを願います。
月並みの言葉しか並べることはできませんでしたが、読んでいただきありがとうございました。
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