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モンスター0【掌編】

 あしかせ。足かせ。足枷。
──ア
──シ
──カ
──セ
 薄紫色の夜空に滲む月明かり。月光に惹かれるのは、私の足首に巻き付く影があまりに冷たいから。闇の中ようやく見つけた温かい光だった。縋りつく。月光の帯に。
 拒絶することなく月光はかじかんだ私の指に巻き付いた。小指の爪の上で涙の粒のように踊り、凍えた私の表情を覗き込む。
「笑って?」
 声が聞こえた。笑うって、どうするんだっけ。長い間笑っていなかったから。頬をあげ、目を細める。泣き笑いのような笑顔が月光の粒に映し出される。弾けて消えた。
 消えないで。
 また縋りつこうと夜空を見上げると、丸い月から光が溢れ出す。温かな光が洪水のように降った。凍えた私の身体に体温が戻る。翼に包まれているような心地良さだった。だけど、足首の冷たさだけはそのままだ。影がまだ巻き付いているままだから。
 救いを求め、私は再び夜空を見上げる。薄紫色の夜空に開いた白くて丸い穴から、何かが生まれた。それは、私の足元に落下する。青藍に輝く鋭い刃のナイフ。切先から真朱の血液が吹き出している。影に突き刺さったからだ。
 ナイフの柄を取る。迷いはない。ナイフをさらに奥深く突き刺した。
 耳鳴りがした。影の叫び声なのか。
「うるさい」
 吹き出す真朱の血液は、私の頬に飛び、垂れて私の唇を湿らす。舌ですくうと土の味がした。幼い頃に駆け回っていたあの地の香りもする。
「さよなら」
 さらに奥深く突き刺した。激しく吹き出す真朱の血。私の全身を濡らしていく。でももう冷たくなんかない。凍えたりしない。 
 耳鳴りが激しい。それをかき消すように私は声をあげた。
「消えろ!」
 耳鳴りが消えた。同時に血も止まる。足首の冷たさも消えた。
 立ち上がる。もう、私の足首を掴む影の姿はない。
 薄紫色の夜空を仰ぐ。丸い月の縁は、薄緑に滲み始めていた。私は真朱色に染まった指先でその縁をなぞり、それから口に含む。甘い。
 私の髪の先から、真朱の血液が滴り落ち、足元に水たまりをつくる。水面に映った丸い月。その白い穴から呼び声がする。
「こっちだよ」
 それはとても穏やかで優しい声だった。

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