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どら焼きに挟まれて

 壮介は繊細な男だ。
 店員が客にクレームをぶつけられている場面に遭遇すると、自分が怒られている感覚になり、お腹が痛くなる。
 美容院では、わがままを言えば迷惑になると考え、美容師にお任せしてしまうので、髪型はいつも同じになってしまう。
 悲しい映画やドラマを見ると、まるで自分の事のように涙を流し、残虐なシーンがあれば、恐怖のあまり寝込んでしまう。
 そんな壮介と一緒に暮らし始めて一年経つ。初めは、彼の繊細さに戸惑ったけれど、今では興味深く観察するようになった。
 ある日、私は、仕事帰りにどら焼きを買って帰った。壮介が行きつけの和菓子店で販売しているどら焼きである。彼の大好物だ。
「ただいまー」
 玄関のドアを開けると
「……おかえりなさい」
 壮介の涙声がリビングから聞こえた。
 よくあることなので、私は特に慌てず、リビングへ行き
「どらやき買って来たよ」
 彼に声をかけた。
 思った通り、彼はソファで膝を抱えて泣いていた。
「ちょうど、どら焼きが食べたかったんだ。ありがとう、嬉しいよ」
 壮介は再び涙を流す。
 やれやれとばかりに、私は緑茶とどらやきを用意して、彼の隣に腰掛けた。
「どうしたの?」
 壮介の背中を優しくさする。
「さっき、何気なくテレビを観ていたら、悲しいニュースばかりでね。胸が苦しくなって……涙が止まらなくなったんだ」
 彼の目からは再び涙が溢れた。
「そっか。とりあえず、どら焼きでも食べなよ」
「うん。ありがとう」
 壮介は、涙でぐちゃぐちゃになった顔で笑いかけようとする。
「悲しい時は、無理に笑うなって言ってるでしょ」
「うん、でも、どら焼き買ってきてくれて、ありがたくて……」
「いいから食べなって」
「うん、ありがとう」
 三度目のありがとうを言って、壮介はようやくどら焼きを口にした。
「どう?」
「なんだか、いつもより塩気が……」
「それって、壮介の涙の味だよ」
「あ、そっか」
 ようやく、壮介の表情が緩んだ。
 私達は無言でどら焼きを頬張った。どら焼きを食べ終え、緑茶を飲み干すと、壮介は大きく息を吐いて、こう言った。
「僕、しばらく、どら焼きに挟まれて眠りたいよ」
「え?」
「どら焼きの生地を敷布団と掛布団にして、しばらく眠るんだ。甘い香りの生地に挟まれていたら、きっと、穏やかな夢を見るよ。悲しいニュースが消えて、世界に蜂蜜みたいな光が降り注いで、空に虹がかかったら、僕を起こしてほしい」
 私は堪えきれずに吹き出して笑ってしまった。
「ごめん、バカにしてるわけじゃないの。面白い発想だなって思って」
 傷つけてしまったなら申し訳ないと言い訳をする。すると、壮介は
「君を笑わせたかったんだよ。僕だって、冗談くらい言えるんだから」
 そう言って、声をあげて笑った。

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