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定位置【掌編】
「おめでとう」
僕は当たり前のように君の頭を撫でる。妹にするように。
「ありがとう」
君は、僕を兄のように見上げて微笑んだ。
先月会った時よりきれいだ。君は僕の親友と出会ってから、どんどんきれいになっていった。君がきれいだってことは、僕だけが知っていたはずなのに、今や、すれ違う男の多くが振り返るほどだ。
あの時、親友に君を紹介しなければと、何度も悔やんだ。でも、僕の前で泣いてばかりだった君がよく笑うようになって、思い知らされた。君に必要だったのは、僕じゃなかったんだって。
「式は挙げるの?」
「家族だけでね」
ほっとした。招待されたとしても、君と親友が永遠の愛を誓う姿を、見届ける覚悟はないから。
君は僕の顔を覗き込んで、急に吹き出し笑う。
「もしかして、泣きそう?」
当たり前だ。大好きな子が嫁に行くんだぞ。しかも、僕の親友の嫁だぞ。
大げさに鼻をすすり
「風邪気味なんだよ」
と誤魔化してみせる。
「そっか」
僕の本心を見抜いているのかいないのか、君はからかうように僕の手を握った。
手を握る。これは僕らにとって特別なことではなかった。幼い頃から妹のように可愛がっていたから。君が悲しい時、寂しい時、怒っている時、手を握れば自然と落ち着いてくれたから。だから、いつも、僕が……。
そうか、いつも僕から君の手を握っていた。君から手を握ってくれたのは、初めてだ。
わかってる。僕が泣きそうだからだ。わかってる。わかってるよ。わかってるって。
何度も言い聞かせながら、君の手を強く握り返す。パウダーピンクの爪が光り輝いているのは、僕の為なんかじゃない。わかってるけど。
「好きだ」
って言えたらいいのに。無責任に言えたらいいのに。親友を傷つけても、君を泣かせても、泣かせても……君を、泣かせても……。
「幸せになるんだぞ」
君の手を振りほどいた僕の手。もう二度と、君と繋ぐことはないだろう手。虚しくて寂しくて悲しい僕の手は、まるでそこが定位置のように、君の頭に置かれた。
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