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究極のトースト

 高性能のトースターを購入した。
 まずは本体上部の給水口に水を注ぐ。第一段階で高温のスチームを庫内に噴出し、パンの表面だけを軽く焼いて、中に水分を閉じ込める。続く第二段階は、庫内の温度を三段階で自動制御することにより、パンの内部をふっくらと過熱する。このような独自の仕組みによって「究極のトースト」が焼き上がるらしい。
 お気に入りのベーカリーで購入した食パンを、いつもより厚めに切り、高性能トースターに投入。焼き上がりが楽しみで、僕はトースターの前に張り付いていた。
 やがて、トースターから香ばしい香りが漂い始め、焼き上がりを知らせる音が鳴った。トースターの扉を開ける。現れたトーストの生地は、見事な小麦色に焼きあがっており食欲をそそる。
 早速、バターを塗る。バターナイフが生地に触れるたびに、ざらざらとした僕の狡さが、そぎ落とされて行くようだ。そぎ落とすだけでなく、隠してしまいたくなる。だから、多めに塗ってやる。
 トーストを手に、ベランダに出た。
 手作りの不格好な椅子に腰かけると、蜂蜜のような朝陽がトーストに降り注ぐ。光り輝くトーストを、僕はかじった。
 カリッとした食感の後から、しっとりとした食感が追いかけてくる。鼻に抜けるバターの香り。それから、小麦のほのかな甘み。
 思わず笑みを浮かべると、小鳥が横切り鳴いた。羨ましがっているのかもしれない。
 トーストをかじることに夢中になり、僕は、足元にパンくずがこぼれていることに気が付かなかった。食べ終わり、散らばったパンくずを見て、ヘンゼルとグレーテルを思う。
 僕はどれほどのパンくずを撒いて、ここまで来たのだろう。おそらく、パンくずは小鳥がついばみ、もうないだろう。辿って引き返すことなど、できやしない。
 もし撒いたのがパンくずではなかったら。あの時の分かれ道まで引き返すことが出来たら。なんて考えがふと浮かぶ。もし、それが、可能だったら、僕は、ここで究極のトーストをかじってなどいないかもしれない。

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