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かじりたい

 口の中に飴玉がある。レモン味の飴玉だ。
 私は今、かじりたい衝動に駆られている。
「ほら、私って、天然だからぁ」
 かじりたい。
「私って、よく変わってるって言われるしぃ」
 かじりたい。
「ほら、私って、こう見えて男っぽいからぁ」
 かじりたい。
「ふーん。でも、私はぁ」
 かじりたい。
「でもでも、私はぁ」
 かじりたい。
 鼻に着く相手を目の前にしながら、私は舌の上に置かれた飴玉をかじりたい衝動と戦っている。
 奴はおそらく、私の口の中に飴玉があることなど気づいてはいないだろう。当然だ。奴は私を目の前にしていながらも、自分の事にしか興味がないからだ。何度も顔を合わせているにも関わらず、奴は私の事などほとんど知らないだろう。それなのに、なぜか毎回話し相手をさせられ苦痛でしかなかった。だから、奴が現れると飴玉を口に入れるようにした。そうすると、少しばかり注意が逸れて、気持ちが楽になる。
「まぁ、一般人には私の事なんて理解できないかぁ」
 かじりたい。
 もう、我慢の限界である。
 私は飴玉をかじることにした。奴に悟られぬよう、平常心を装いながらかじるのだ。
 舌の上に置いていた飴玉をゆっくりと奥歯へと移動する。奴が自分の話に夢中のあまりに、目線が空を向いた瞬間、飴玉を奥歯で砕いた。
 飴玉が割れる。これまで鬱積したものが粉々になった瞬間である。甘酸っぱいレモンの味が口の中に広がり、実に爽やかだ。踊り出しそうなくらいである。
 しかし、奴は気づく様子もなく、自分の話を続けている。私の口の中はこんなにもお祭り騒ぎだというのに。
 優越感である。

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