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線香花火

 柔らかなせせらぎに交じるのは、慎ましやかな火花。
 真夜中の河原で秘密の逢瀬。私達の指先には線香花火。放つ光が、あなたの存在を淡く浮かび上がらせている。
 これで最後。そう言い聞かせて、何度も何度も逢瀬を重ねた。だけど本当に、今夜で最後にしよう。二人の強い誓いを線香花火に託すことにした。いわば、これは、別れの儀式である。
 私達は一言も話さずに、ただ、線香花火を見つめている。飛び散る火花から聞こえる小さな鳴き声を聞き逃さないように、耳をすませて。間違いを犯した私達の口からこぼれる言葉は嘘だらけだ。線香花火の鳴き声が、そんな言葉で聞こえなくなるのは嫌だ。だから、私達は口をつぐむ。
 藍色の空に開いた丸い穴。月がその穴から、私達の別れの儀式を見守っていた。垂れ流される光が、もしここで儀式を取りやめたら息の根を止めてやると、私達の首元に巻き付いている。
 風が足元で波立ち、濃い緑の香りがした時、あなたの線香花火の先端から、火の玉がぽとりと落ちた。
「あ……」
 今夜、初めてあなたの口から、言葉が漏れた。初めて、あなたに勝てたような気がした。
 私の線香花火からはまだ少し火花が散っているものの、ほとんど勢いはない。やがて、火花は生まれなくなり、先端の火の玉が小さく震え始めた。
 もう、終わりが近い。
 この終わりを見逃してはならないと、私達は目を見開いた。
 遠くから、何かの鳴き声がした。鳥にしては野太い、獣にしてはか弱い、いずれにしても、悲痛な声だった。
 火の玉が落ちた。光が消えて、あなたの姿が見えなくなった。
 私達はお互いの姿が見えないまま立ち上がり、互いに背を向ける。

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