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はじまり、はじまり

 二十六時、ようやく世界が寝静まった。
 ブドウ色の夜空がゼリーのように震え始め、星々が一斉に地上へ降りてきた。僕達が落とした不安や恐れを拾いにやって来たのだ。
 星たちは背中にかごを背負い、手にはトングを持っていて、そこらに散らばった不安や恐れを拾っていく。これらを細かく砕くと光のパウダーになる。星々はそれらを身にまとい輝きを放っているのである。

 僕は眠れない夜、この物語を思い出す。幼い頃に父が話してくれたものだ。
 父は夜になると、僕の枕元で色々な物語を語ってくれた。普段はとても無口で、話しかけても会話が一言、二言で終わってしまうのに、何故か物語を語っている時は別人のように饒舌になる。普段さらけださない父の本音が物語の中に潜んでいたように思う。
 そんな父も去年亡くなった。最期まで無口だった。
 入院中も大した会話をしなかった。こんなことなら、もっと話をすればよかったと今更ながら思う。僕は父に言いたいことが沢山あったけれど、父は僕に言いたいことはなかったのだろうか。

 いつもより早めに目が覚めた僕は、カーテンの隙間から光が漏れていることに気付いた。起き上がり、カーテンを開けると、朝焼けが広がっている。
 瑞々しい桃色の朝陽が、闇に沈んでいた街を磨いているようだ。
 そういえば、あの話の結末はこうだった。

 星たちは僕達が夢を見ている間に、世界を掃除してくれる。だから、安心して眠っていいんだよ。そして、仕上げは朝焼けのワックス。
 ピカピカの一日のはじまり、はじまり。


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