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なかむらくんのこと

 中村くんには、何を撮らせてもエロい。専門学校のときの同期で、身長が182cmもあって、顔も整っているのに何故か女性経験は少なかった中村くん。かわいい女と写真と建築が好きで、Instagramにはお高いカメラで撮られた素敵な写真が沢山並んでいた。私は中村くんとインスタで繋がった時から、ずっと彼に下心を抱き続けていた。

 直接女の写真を撮っているわけではない。むしろ女の写真なんか1枚もない。建物の写真、風景の写真、なのに何故か、フォーカスを当てる部分や加工や色味全てが変態的で、エロい。エロいなんて言うと野蛮に聞こえてしまうけれど、 色気がある、とかじゃなくて本当にエロい。写真を眺めていれば、その奥にあるお高いカメラのレンズが見えて、さらにそれを覗く中村くんの瞳が透けてみえてくる。私は勝手に、この人は絶対変態なんだろうと確信をしていて、特にこれといった接点もなかった頃からぼんやりと彼のことを意識していた。

 中村くんと接点を持ったのは、専門を卒業して社会人になり、私が一人暮らしをし始めてからのことだった。私の引っ越した先が中村くんの家と近かったから、共通の男友達と3人でよく宅飲みをするようになった。建築好きの中村くんの部屋には、プロジェクターと観葉植物と間接照明と、なんか良い感じの雰囲気がある。仕事の話をしたり、ジブリをみたり、知らぬ間に写真を撮られたり、撮り返したりして、酔って帰る。そんな、男友達との健全な会がたまに行われるようになったのだ。私は中村くんに下心はあるけれど、恋心はない。だから、何度目かの宅飲みで中村くんに彼女ができた話を聞いた時にもなんとも思わなかったし、むしろこれからは中村くんが女を撮るんだ、それが見れるんだ、ということに興奮していたくらいだった。

 珍しくその日は、私の家での宅飲みだった。中村くんの家のように洒落たプロジェクターは無いけれど、いい雰囲気と酒だけは沢山ある。私は自分の家という安心感にいつもより多く酒を飲み、酔った。中村くんは私のテレビを我がもののように使いこなして、YouTubeでひたすらエモい音楽を流していた。男友達は酒が弱いので、早々に気持ち悪いと言って戦線離脱。寝てていいよ、と隣の部屋に客用布団を敷いてあげた。時刻は深夜だ。歩いて帰れる距離の私たちに終電のリミットはない。初めて聴く音楽ばかり流れ続ける部屋に、中村くんと私だけになった。男友達に聞こえない声で話すために、距離が近くなる。「北野さんも眠そうやな、」なんて言いながら中村くんは私の髪を撫でる。私はその指を掴んで、口に含んだ。

 静かに、静かに下心を満たした。私の入り口は髪で、中村くんの入り口は指だった。誰かが止めてくれないと、もう止まれない空気だった。隣の部屋にいる男友達の気配だけがストッパーだった。のに、やっぱり寝れんから家帰る、なんて言って男友達は起き上がり、私の家を出ていこうとする。あぁ、二人きりにするなよ。なんて心では思いながら、私はそれを喜んでしまう。だってきっと中村くんももう、おんなじこと考えてたから、

 朝。ろくに服も着ないままの姿で、「絶対誰にも言わんとこな。」と二人で約束をした。けど、結局私は関係の無い友達には喋ってしまって、それが後々ばれて中村くんにものすごく怒られた。
 それから、一年が経った。

 きっかけは些細なことだった。私が一年前、訳あって中村くんに借りたままになっていた工具を、取りに行っていい?と久しぶりに連絡が来たのだ。「今日彼女とレンタカー借りて出かけてたから、丁度いいし。」なんて言って、土曜日の夜、中村くんは家に来た。その日はたまたま、家に来るはずだった私の彼氏が体調を崩して来れないと言った日だった。あまりに突然だったから、私は寝る準備の完全にできている状態だった。用意という用意なんてないのに、なんとなく、下とお揃いのブラジャーだけつけて、待った。

 中村くんは私の家に着くと、目的の工具を玄関先で受け取っただけで、じゃあねとあっさり帰った。なんや、一年ぶりでもそんなもんか、意外と呆気ない。もしかしたら前に友達に喋ってしまったし警戒されているのかもしれないな、と思いながらもう一杯ハイボールでも作ろう、とグラスに手をかけたとき、玄関のチャイムはもう一度鳴った。

「ドライブ、行く?」「今から?」「レンタカー返すの明日の朝やし、勿体ないから。」私が中村くんに誘われて、断れるわけはない。
「いいけど、助手席でお酒飲んでもいい?」と聞くと、中村くんは笑いながら私を手招きした。誘い方でさえ、なんでこんなにエロく見えちゃうんだろうか、私が酔っ払ってるからか。車に乗り込んで、近くのコンビニでハイボールのロング缶と、中村くん用のお茶を買う。行き先は適当、でもなんとなく海に向かって走っていた。この助手席にはさっきまで彼女が乗っていたらしい。中村くんも強欲な人間である。

 車内で何を話したか、私は酔っていたからほとんど覚えていない。私のセレクトでいい感じの音楽をかけながら、南港の方まで走って、海の近くまでは行ったけれど結局工場たちに阻まれて海を見ることはできず。近くの草まみれの公園で降りて一息ついたら、諦めてすぐ家へ戻る方へとまた走り始めた。レンタカーを返すのが明日の朝7時であることだけを聞き覚えていた。

「なんか俺も飲みたくなってきたな」
 車は寄り道もせずにまっすぐ帰路についたので、このまま家に着いたら解散するんだろう、と思っていた。だから、私は中村くんがそんな強欲な言葉まで発するとはとても思っていなくて、いや期待はしていたのだけど、なんだかすごく嬉しく思ってしまった。先程のようにマンション下に路駐するのじゃなく、私の家の近くでパーキングを探して停めると、中村くんはコンビニでまた酒を買い足した。飲んだら運転できなくなることくらい、酔っ払ってる私でもわかる。あぁ、泊まるつもりなんだ。わかっていて、私は中村くんを家に上げる。

 ハイボールのロング缶を中村くんが飲み切る頃、本当はもうその気があるくせに、最後の理性で客用布団を敷いてあげた。一緒にベッドに入るのは気が引けるからだ。布団のほうに寝かせたくせに、結局中村くんを自分のセミダブルベッドに誘い込んでしまう数分後の私が、もう簡単に想像できる。
「今、ほんまにすっぴんなん?」それぞれの寝具に寝転がって、高低差のできた二人の間は少し遠い。中村くんは、白々しく私と距離を詰める。「僕、女性経験はそんなにないから、人生で一番可愛い女の子って北野さんやとほんまに思ってる」伸びてきた手が、私の髪を撫でる。あぁ、人間って懲りないなぁ。一年前のことを思い出す。またもや私の入り口は髪だ。知ってる指。流れるように私はその手をとって、口の中に含んだ。

 朝、またろくに服もきていないまま目が覚めたら、中村くんはもうきっちりと服を着た状態で私の髪を撫でていた。時刻は6時半。レンタカーを返しに、もうすぐに出るようだ。
「今度こそ、誰にも内緒な?」中村くんはそれだけを言うと、私をベッドに残して帰って行った。その後ろ姿には何も惜しむことがないくらい、昨日のうちに全部満たしてくれた。枕元には、私の脱いだ服が全てきれいに畳んで置かれている。ねぇ去り際まで、どうしてこうもエロいんですか、中村くん。

 やっぱり内緒を守れない私は、あの日のことをこんな風に文字に起こしてしまう。ドライブ、誘ってくれてありがとう。人生一可愛いなんて勿体ないこと言ってくれてありがとう。あのあと彼氏への罪悪感がものすごく湧いてきたけれど、私はまたあなたが目の前にあらわれたら、きっと同じ罪を犯してしまうと思う。それは理性云々ではないところで、仕方なく起こってしまう現象だから。抗えない。
 せめてもう、そういうことを誘発するような連絡はしないでおこうと思う。借りていたものを返したら、もう連絡する理由はないはず。


 なのに。今日みたいにどうしようもない夜は、すぐにでも電話かけたくなってしまうよ。中村くん。



 以下、一年前中村くんに撮ってもらった写真を少しだけ。

これは友達が撮った中村くんと私


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