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可哀想な夜 寄り道に出かける

 そこそこに酒を巡らせながら、目の前の身体を寝かすまいと構い倒す。私の中に燻る熱の存在を、無視させまいと少しばかり意地になっている。
ベッド行こう、というようなことを明確に口にはしてくれないけれど、顎先の僅かな動きだけを読んで、半ば引きずり込むように横になった。期待を、私だけがずっとしている。今日会った瞬間から、否、今日会うことが決まった瞬間から。

 流れに乗るように接触は始まる。あまり乗り気とは言えない手が正解の手順を辿ろうとするけれども、今日もやっぱり段々と私の上でひとりでに眠気に犯されて機能を弱めて行った。形ばかり良いその手指の動きが虚ろになっていくのを感じながら、自分から出る声の本当の形が分からなくなる。欲や意志のなくなった手の動きに対しても馬鹿馬鹿しく声を出す。私の声でまだ何かが目覚めるようなことを望んでいた。惨めにも期待を辞められないけれど、この声が彼の中枢に届いた試しはない。

 中途半端に脱がされた服、中途半端に濡らされた身体を、一人夜に放置されるせつなさ。それをもう何度も知っているからこそ「したい」という言葉を明確に口に出した。それを一言いえば、彼が使命のように続きを頑張ろうとするのを、分かっていた。
きっと私がむらむらと泣いて、どうしようもなくお願いをすれば情事は先へ転ぶんだろうな、と思う。けれど、そうまでしてねだらなければ貰えないという事実は大変惨めで仕方がない。こうなってしまえばもう、私たちはどう交合っても不幸だ。「いいや、そっちはそうでもないんやもんな、」と言って、熱を噛み殺す。24歳、まだ若い身体がしくしくと泣きはじめるのがバレないように、布団にくるまった。

 言い訳のひとつも言わないまま、すぐ眠りについた身体の隣で、自分にはこの性器しか選べないことが物凄く惨めになる。恋人関係という拘束は残酷だ、なんなんだ。同時に、私の性欲も世間一般と同じく全く誠実性がないことを思い知ってしまうじゃないか。
 もやもやと身体の内側の訴えに耳をすませてみると、求めているのは快楽だけでこの男ではないことがよくわかった。してくれないなら、してくれる人のもとへ行けばいい。私にはその選択権があることが唯一の救いだった。眠りは細切れの死だなんて言葉がある。相手は先に活動放棄してしまうような人なんだから、その自由な夜の間は少し寄り道をすれば良いのよね。今夜そのために選んだ下着が、誰の目にも晒されないままなんて可哀想だから。

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