見出し画像

下り坂

もうすぐ25歳になる。

ってことをピンサロで話したところ、「25超えたらもう下り坂だよ、まじで」と20代後半のお姉さまに言われた。体力もグッとなくなるし化粧ノリも悪くなるし前半と後半じゃ20代ってくくりでもわけが違うのよわけが、とのことだった。

そのお姉さまと私はどちらも店内では21歳で通しているし、ピンサロ店ではツッコまれるほどの年齢差ではないのだけれど。それはあくまでもブース内でお客さまとプレイする範囲内での話だ。昼職でバリバリに働こうと思うと、体力は気になる、化粧ノリも気になる、呑み会の時の胃もたれとかオールの後のドロドロに溶けた化粧とか……。

たべっこどうぶつで胃がもたれて一晩胃薬を片手に布団の上で土下座をした時、「あ、自分いよいよなんだ……」と正直もう分かっていた。たべっこどうぶつなんて子どもが余裕で食べているようなお菓子の油程度で胃がやられるほどまでの衰え方。

社会人としての私は下り坂を見下ろすところまで来てしまったらしい。

学生時代散々悩まされていたニキビが、ここ2年程一切できなくなった。5000円の洗顔料のおかげなのか、加齢が功をなしたのか分からないけれど、5000円の洗顔料を買わなければならないところまできてしまったということがすでに私の中では悲観要素だったりもする。肌の綺麗なお姉さまキャストに使っている洗顔料を聞いてみたところ、「私お店の寮に住んでいるからボーイさんがスギ薬局とかで適当に買ってきた安いやつだよ」と言われた。ちょっと泣いた。

お正月

来年のお正月は挨拶回りに行かないことにした。

今年、同い年の従姉が結婚した。短大時代から付き合っていた男性がお相手らしい。従姉とは一時期べったりと仲良しだったのだが、お互いに思春期にメンタルを拗らせた結果、親族協議の末一切の関係を持たないことが決まった。そのため、従姉が短大に進んでいたことも恋人がいたということも私は知らなかったし、結婚のことも知らされてはいなかった。

幼い頃、勉強ができて内向的な私と、運動ができてガキ大将な従姉はよく比較された。早生まれの私は体が小さく病気がちだったこともあり、またトータルして従姉に全面的に負けていたこともあり、判官びいきとして祖母からいやに可愛がられた記憶がある。従兄弟の人数がそれなりにいる中で、女児は私たち二人だったものだから、親戚たちの寵愛を受けて育ったはずなのだけれど、幼い頃から私たちには埋められない差があったように思うし、それは成人してから顕著になっていたらしい。

「お相手、銀行マンなんだって」

と、祖母からぽつりと言われた時の私は、オロナミンCをストローでちびちび飲みながら「へえ」と平静を装ってクールな返答をしたつもりだった。内心では「結婚?銀行マン?」と戸惑っていたし、何なら妬みだとか僻みだとか焦りだとか苛立ちだとかいろんな感情が渦巻いていて、早く自分の家に戻って大学時代の友人にlineで愚痴りたいと思っていた。

けれど、昔っから顔にも言葉にも態度にも出さない私は「ぼんやりした子」に見えるようで、はっぱをかけたかったらしい祖母としてはそのリアクションが不服だったらしい。

「あんたの元カレは、何してた人だったっけ」

「ヴィレッジヴァンガードのバイト」

即答してみて、自分の痛さを改めて認識した。いやでも、あそこ正社員登用あるし、今頃社員かもしれないじゃん……と言い訳をしてみて、「いや、ないなあ」と内心静かに完結した。


ヴィレッジヴァンガードのバイト


従姉ほど賢くない私は、従姉ほど美人でもない。銀行マンになるような将来性のある男性と付き合った経験なんてない。

休止中のバンドマンを筆頭に、メンタルを病んでろくに出勤していないホストだとかだとか情報商材買うためにめちゃくちゃ借金したフリーランスのエンジニアとか、どこにも呼ばれないDJとか……。将来性の欠片もない男性たちと、その場しのぎの「好き」だけを理由にお付き合いをしてきた。しかも全員DV。

そんな男性遍歴の中で唯一殴らなかったのがヴィレッジヴァンガードのバイトだった。

今はもう閉店してしまったけれど、私の好きなジャンルが特に取り揃えられているヴィレヴァンが、かつて近所にあった。映画のポスターや特集雑誌、アメコミフィギュアあたりに力を入れていて、書籍など紙商品が多いため壁際の本棚が特に充実していた。それに代わって、新大久保とか原宿とかに売っていそうなものはほとんど置かれていない。化粧品とかおもちゃとかファッション系は結構薄かった覚えがある。店内も客層も落ち着いているそのヴィレヴァンが私のお気に入りで、よくそこで新居を彩るためのポスターやフィギュアを買っていた。

元カレはその店舗でわりと連勤しているタイプのフリーターだった。顔面はピアスで埋め尽くされていて、それを黒のマスクと長い前髪で隠していた。耳なし芳一かというほど、顔から指先に至るまでタトゥーがびっしりと入っていて、最初の頃は怖くて彼がレジに入っているときは商品を持っていくことを避けていた。

けれど、何度かレジを打ってもらううちに、長袖からチラチラと覗く手首の黒猫があまりにも可愛くて声をかけてしまった。

もともと私はヴィレヴァンで働く男性は美形が多いというイメージを持っていた。マッシュの似合う幸薄系だとか、長髪の似合うヒッピー系だとか。しかも私自身がそういった男性が好きなため、「ヴィレヴァンの店員と付き合いたい。それかタワレコ」程度の夢を抱いていた。というか、それくらいしか夢がなかった。堅実。

その夢が見事に叶い、殴らないし怒鳴らないし穏やかで笑顔が可愛く無邪気なお兄さんのことが私はそれなりに好きだったのだけれど、ある朝テーブルの上に「探さないでください、実家に帰ります」という置手紙があった。

しばらくは「私が何か悪いことをしてしまったのだろうか」という不安や後悔で不眠と拒食に陥ったものの、もうしばらくすると「どこかで死んでいるのではないか」という考えが頭をよぎり始め、「いやでも、実家に帰るって書いてあるしなあ」というところで悩むことをやめた。

彼が帰ってくる前にヴィレッジヴァンガードは閉店して、私もその地区を離れることになった。

それが私の直近の恋愛経験で、しかも3年前の出来事になる。

下り坂

そんな甘酸っぱい思い出を胸に抱いたまま24歳になった私は、「下り坂」という現実を突きつけられた。人生が下っていったところで、私自身はきっとこれまで通りの人間性なのだと思う。努力が嫌いだからきっと何も変わらないだろうし、きっと何も変えられないまま、歳だけを重ねていくのだと思う。中身がどんどんと見た目に置いていかれるのだと思う。

今更悪あがきをするつもりもなく、これまでの自身のツケが回ってきたのだと覚悟を決めようと思っている。

ただ一つだけ来年の抱負としては、やっぱりDV男性は引き当てないように気を付けたい。あと失踪タイプのフリーターもできれば避けて通りたいと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?