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5年前日記①

もうすぐ子どもが5歳になる。
それで5年前の記憶がわたしのまわりをうろうろしている。
せっかくなので書きとめておこうと思う。

2018年1月29日(月)

外には水気たっぷりの重たい雪が何日も溶けずに残っている。昼に野菜を買いに出たとき道でいくつかの雪だるまを見た。もともとの造形なのか、溶けかけてそうなっているのか、やたらとみんな困り顔だ。

わたしも夕方に思い立ち、玄関前で小さな雪玉を作って転がしてみた。犬を模しただるまを小さく作って積んだ。
もっとたくさんの作品を並べたかったけれど、外気の冷たさに腹部が縮みあがって、おおっと。ごめんごめん、手をあてて謝りながら家の中に逃げこんだ。あのツンと刺すようなみぞおちの下の緊張がわたしに苦言を呈している。

この感覚には慣れることがない。わたしの臓器のどこかにこれまでどんなことにも使われることのなかった小さなヒダがあるとして、それを誰かが糸で括ってくいくい引っ張る感じ。日に何十回と繰り返される何かの警告。でもたいていの場合、何を警告されているのかわからない。
妊娠してからこのからだはすっかり謎になってしまった、わたしにとって。胎児をまもり育てるための複雑なシステムが中でずっと繰り広げられているのだが、その舞台であるからだの持主たるわたしはまるで部外者みたいに何もできない。ただシステムが動いた結果を受けとめるのみ。わたしの意思の力など及ばないところで胎児は保護されている。頼もしいシステムだ。と同時に、こんな機能が内蔵されていた自分の肉体をそら恐ろしいと感じることもある。

赤ちゃんが産まれる予定日は2月の中旬で、しかもはじめてのお産は遅れることが多いと言うし、まあ遅れるんだろう。母もわたしを産んだときすごく遅れたと言っていた。これからもうあと半月以上もこののっそりとしか動けないからだをかかえ、冬ごもりをするようにして過ごすのだ。

わたしは、あす朝早くに破水しててんやわんやで産院に入院することを知らない。日々手の込んだ常備菜を仕込むくらいしかやることがないいまの期間を退屈に思いはじめていた。
疲れていないから眠気がこなくて、ホットカーペットの上で妊婦向けのヨガプログラムを念入りにした。スクワットもしてみた。
赤ちゃんを迎えるためにはじめて業者を呼んで清掃してもらったリビングのエアコンからは清潔な(という気がする)あたたかい風が吹きつけて、ここなら大丈夫という気がした。赤ちゃんが来て。

出産したあといちばんにしたいのは、なんといってもうつぶせに寝ること。布団に。ホットカーペットに。丁重に扱われるべき小さないきものの入っていないお腹で。
それから、たまごかけごはんを食べる。生のたまごは念のために避けているが、離れれば離れるほど、あこがれがつのる。あたりまえに食べていたときの自分がうらめしいくらいだ。
最近では四六時中、うつぶせとたまごかけごはんのことばかり考えている。

そしてわたしがようやくうつぶせで眠れるとき、たまごかけごはんを思うままカカカとかっこむとき、この家には赤ちゃんがいるのだ。
この考えにはいつも不意をつかれる。

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