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最高の蔵書数をほこる図書館

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『蔵書数24,000,000冊……の、図書館があるらしい』
『噂によると、そこに最強の魔導書が、あるとか、ないとか』

最強の魔導書。少しばかり興味がある。ロマンあふれる言葉だな、とぼくは思った。

 ぼくは魔力を使って魔法を行使できる部類の人、いわゆる「魔導師」にカテゴライズされるのだが、日常生活では基本的に使わないようにしている。理由は「人間的な部分」を失いたくないからなのと、ぼく自身がほかの魔導師たちと比べて少し変わっているから。だから今回の調査を任されたのだろう。

 倒れた木から草が生えて足場を悪くしていたり、おおきな岩が鎮座していたり、その上に苔がびっしり生えていたり。絵に描いたような「自然」を残す森の中にある建物で、ぼくはひたすら扉を開けてまわる。建て付けが悪いかと思いきや、どの扉もすんなり開いてくれた。そんな無抵抗な様子に、ぼくも警戒を少しゆるめていた。

 部屋にある、すべての書架が高すぎる。ぼくが背伸びをして腕を目いっぱい伸ばしても一番上に指すら届かない高さで、首が痛い。書架の頭は天井についていて、上にあるものはハシゴを使わないと取ることができない。そもそも取れるのかということは気にしてはいけないが、書架が柱の役割をしているようにも見えた。

 ぼくはメインの4つの部屋を見てまわり、特徴を手帳に書き留めた。部屋の入り口に掲げられたプレートの色が印象的で、それぞれにイメージカラーがあった。文字はなく、代わりに記号のようなものが彫ってあった。丸の中に上向き矢印があるもの、線が二本交差しているもの、二重ひし形のようなもの、T字の両端に丸がついているもの。単純な形がなにを意味するのかがわからないから、ささっとメモした。こういうものは記憶に残ればいいから、雑でも構わない。

 T字の両端に丸がついている記号の部屋に入って書架を眺めた。特に変わったところは見当たらない。本の背を見ると歴史や魔法文化、文学などをまとめたものが多そうだった。部屋ごとに分類が分かれている以外は一緒だった。魔力が最大の産業なら魔法や魔導に関するものが大半を占めるのは当然で、ぼくはここが単純な物置ではないことを確信した。

 どの部屋にも、なにも書かれていないまっさらな本が一冊あった。表紙はプレートに彫られた記号が入っているだけでタイトルはない。部屋と同じ色のハードカバーで、ページはどれも真っ白。最初はダミー本かと思った。

「誰かが、なにかを記すためにつくったのかな」

 文字も絵もない謎の本を手にある種の可能性を感じたぼくは、本来なら書誌情報が書かれているはずの部分に指を当ててゴシゴシとこすってみた。なにも起きない。摩擦で文字が浮かび上がる魔法でもかけられているかと思ったが、そんなことはなかった。水をかけたり火で炙ったりしても同じで、なにも出てこない。ページを対角線に折ってみても同じ。すぐにピンと張りが戻った。

 物理および魔法攻撃、姑息なイタズラにもびくともしない謎の本。これがなにを意味するのかわからなくて怖かったが、ぼくはここに「ぼくが来たことを証明する」証を残してみることにした。まっさらなページにインクの染みを残しておこうと決めたのだ。持っていた羽ペンに黒のインクを染み込ませて一滴落とした。

 この島、魔力の流れがある。だが強いものは観測できなかった。だから危険なことや闘争などではない「生活における」範囲内で、穏やかに魔法を使っているだろうと判断した。

 謎の本がおさめてあったあたりがカタカタ震えたことに気づかなかったぼくは、そのまま本の雪崩に巻き込まれた。書架ひとつぶんの本がぼくを押しつぶした。自己防衛魔法は使っていないから本の角がダイレクトに伝わる。紙とホコリが宙を舞う。

「悪かった。もうしないから退いてくれないかな」山から這い出したぼくは、積まれた本を見てため息をついた。無人の図書館、しかも使っているかどうかもわからないような廃墟。こんなことがあるなら生きものなんて寄りつかないだろう。それに廃墟に忍び込む物好きはそうそういない。

 ひとことで表すなら、不気味。おそろしい。ひとまずここから出よう。メッセージのようなものは帰ってからでも調べられる。部屋を出たぼくは小走りでエントランスホールへと向かった。隅に溜まっているホコリが、移動で発生した空気の動きに晒されて少し動いた。

「ええ……」

 イヤな予感はだいたい当たる。そして今日も、それはつきまとう。

「開かない……ええ、あれ……?」

 開かない。扉が開かない。扉を押しても、引いてみてもびくともしない。隙間に接着剤でも塗りたくってあるようだった。

 これも魔法だろう……一度入ったら出られない系のトラップで、エサは間違いなく「最強の魔導書」。よく確認もせずにのこのこ入り込んだぼくも悪い。しかしぼくも興味あることには首を突っ込みがちだから、ぼくだけが悪者にされても困る。こんな変な魔導師を閉じ込めてどうするつもりなのだ。ぼくは魔力も強くないし、他人が得するようなものなんてなにも持っていない。

 閉じ込められて焦るぼく。扉のノブをガチャガチャ動かしても開かない扉に苛立ちを覚える。さっと窓に視線を送り、すぐ諦めた。その後ろ姿を嬉々として見つめる存在がいる……と思っただけで心臓が竦んで飛び上がるを繰り返す。背筋を舌で舐めまわされるような感覚とまではいかないが、非常に不気味で不愉快。

 こんなときは退避魔法、と思ってスカイウォークを唱えた。言の葉はそのまま宙を漂っただけで、ぼくを逃がすことはしてくれなかった。

「なんで、どうして⁈ スカイウォークできないなんて……⁈」バクバクと胸を叩く心臓。痛い。これが余計にぼくを焦らせた。

 扉と窓が開かない+スカイウォークが無効判定=脱出不可能??

 もしかして、と振り返る。そこにはあの本が4冊、雑に置かれていた。プレートに書かれた記号があしらわれた、謎の本だ。

「……もしかして、きみたち……?」

 今回は、とても忙しくなりそうだ。

つづく

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