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【連作小説】夏にガチャを回せば 2

〈ガチャガチャから出てきたのは、夏を変えるガラクタでした――〉

……というコンセプトで、2000字程度の小説を週イチくらいで連載していく予定です。
毎週更新予定。

第一回はコチラから読めます
(この話からお読み頂いても大丈夫です!)



(あれ? ピアス……)

 電車の窓に映る自分を見て気がついた。ピアスが片方ない。
 たぶん、さっきのバーで失くしたんだ。あれ、けっこう高かったのに。最悪。
 ピアスは失くすし、一緒に飲んでた男はハズレだし、今日はツイてない。
 電車の中なのも忘れて、お酒の匂いが漂う特大のため息が出てしまった。慌てて周りを見回したけれど、終電間際の車内に他人を気にする人なんかいなかった。私は再び窓に映る自分に視線を戻した。

 お気に入りのものって、どうしてすぐ失くしちゃうんだろう。
 子供の頃大好きだったウサギのぬいぐるみ、就職祝いにもらったブランド物のボールペン、先月買ったイヤホン……他にもたくさん失くしてきた。
 私が愛着を持ったものは、いつだって気づいたときにはどこにもいない。
私の愛から逃げるみたいに、消えてしまう。


 電車を降りてアパートまでの道を歩いていると、スマホが鳴った。マッチングアプリにメッセージが来ている。さっきの男からだ。
 「次はいつにする?」。あれだけ雑な対応をされたのに、しぶといというか、鈍感というか。
 食い下がる男に言葉を変えつつ何度も「次なんてない」と伝え、やっと男が諦めたとき、気づけば私は知らない路地に立っていた。


「どこ? ここ」 

 ずっとスマホの画面を見ていたせいで、道を間違えたらしい。
 すぐ引き返そうとすると、何かにバッグが引っかかった。

「何……?」

 見てみると、ガチャガチャだった。街灯の光がスポットライトみたいに照らしている。昔、実家近くの駄菓子屋にあったのと似たレトロなやつだ。
 カラフルなカプセルが入った箱には黒地に白文字で『あなたの夏、このガチャで変わるかも?』と書かれていた。

 ガチャで、変わる?
 そんなもので変わるわけないでしょ?

 そう思ったけど、どこからか湧いた「回さないと」という強い衝動が私を動かし、30秒後にはそのガチャガチャを回していた。


 かたん、と軽い音がして、赤いカプセルが出てきた。
 中身は片方だけのピアスだった。ゴールドの三日月に小さなパールが付いた、これは……

「え? これって……」

 このピアスには見覚えがあった。けれど、今日失くしたのとは違う。これはもっと前――そう、高3の夏に失くしたピアスだ。
 私は思わずそれをぎゅっと握りしめた。同時に胸の奥もぎゅっと締め付けられ、苦しさに目を開けていられなくなる。
 そして、私の意識は18歳の夏へ戻っていった。



――あれ? ウソ、どうしよう!

 デート帰りにいきなり大声を出した私に、彼が驚いた顔をしている。

『どうしたの?』

――ピアス片方失くしちゃった! 探さなきゃ!

『もう遅いし、帰ったほうがいいよ』

 同い年の、初めての彼氏はすごく大人びていて、いつも落ち着いていた。

――やだ! 絶対探しに行く! だって、あれは……!

 あれは、彼からの初めてのプレゼント。私の誕生石があしらわれた大のお気に入り。それを失くすなんて。もう泣きそうだった。

『きっと、さっきのカラオケボックスだよ。俺が探してくるから、もう帰りな? 家の人が心配するよ。大丈夫。明日絶対渡すから』

 そうやって私を諭しながらきっちり家まで送り届けると、彼は原付にまたがって来た道を戻っていった。

 けれど、彼の言う通りにはならなかった。
 店でピアスを引き取って家に帰る途中、彼は事故に遭った。飲酒運転の車に追突されたのだ。
 ピアスも、彼も、それで消えてしまった。
 そう。私のお気に入りは、いつもどこかへ行ってしまう――



 私はゆっくり目を開けた。見続けるにはあまりに辛い思い出だった。
 そっと手を開くと、ピアスがきらりと光った気がした。

「ずっと見つからないから、私……」

 私はあの日以来、今日だって、ずっと彼を探し続けていた。マッチングアプリに入り浸り、しょうもない恋愛ごっこをして。

 彼も、その代わりも、いるはずなんてないのに。

 ぽたり。ピアスを私の涙が濡らす。
 私はしばらく、真夜中の路地で泣き続けた。



 それからひと月後。

「今日からここで働くことになりました木崎です。よろしくお願いします!」

 私は石垣島のホテルにいた。
 仕事を辞め、アパートを引き払い、住み込みで働くことにしたのだ。

 ここは彼と私の憧れの場所だ。
 二人で島の動画を見ている時、彼はいつも子供みたいに目を輝かせて言っていた。

『すごいね。こんなきれいな場所があるなんて』
『いつか住んじゃおうよ。ふたりで』

 あのピアスを手にしてから、改めて彼との思い出を最初から丁寧に辿った。そして、石垣島のことを思い出したとき、思ったのだ。
 そうだ、場所なら逃げない。ここなら、絶対にどこにも行かないお気に入りになってくれるはずだ、と。


 まだ慣れない制服姿の私が、客室の窓に映った。

「本当に変わっちゃったな、夏」

 あのピアスは、両耳で頼もしげに光っている。

 ――夏が、始まる。
 ふたりの新しい夏が。



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