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【ショートショート】孫娘スタンバイ
「おじいちゃん、早く早く!」
孫娘は長い髪を揺らし、私を先導するように道を駆けていく。
その足取りは非常に軽快で、ダンスのステップにも似ていた。
「こらこら、走るときには前を見ないと危ないよ」
そう言ってはみたものの、孫娘は私の歩く速度をちゃんとわかっているようだった。
速度を落としたり、立ち止まったりしながら、私から数メートル手前という距離を維持している。
「ねえおじいちゃん、あの木、なんていう名前?」
立ち止まった孫娘が、道端の木を指差す。
葉の鮮やかな赤に興味を抱いたようだ。
「あれかい? あれはナナカマドというんだ。それじゃあ、あの木はなんていう名前かわかるかな?」
今度は、私が道の反対側に生えている銀杏の木を指差す。
孫娘は数十秒間首をかしげた後、自信がなさそうに答えた。
「えっと……イチョウ?」
「そう。正解だよ」
「やった!」
「よく答えられたね。さあ、お店までもうすぐだから、行こうか」
「うん!」
私が差し出した手を孫娘がそっと握る。
こうして私たちは目的の喫茶店への散歩を続けていった。
喫茶店に着くと、孫娘はメニューを最初から最後のページまで5周ほどしてから、パンケーキとアイスミルクティーを注文した。
私が頼んだコーヒーとともにそれが運ばれてくると、そわそわと厨房のほうをうかがっていた孫娘は満面の笑みで慌てて背筋を伸ばし、目の前に置かれるのを小さくお辞儀をして待っていた。
「さあ、召し上がれ」
「いただきます!」
手を合わせて元気よくそう言うと、孫娘は嬉しそうにシロップをたっぷりかけたパンケーキを頬張った。
「美味しいかい?」
「うん!」
「そうか、よかった」
私はコーヒーを片手に、精一杯上品に、行儀よく食べようとしている孫娘の姿を見守っていた。
パンケーキを食べ終え、ミルクティーを飲み終えた後、孫娘は私の顔をじっと見つめた。
「ねえ、おじいちゃん?」
「なんだい?」
「……人間って、怖い?」
不安でいっぱいの表情の、消え入りそうな問いかけだった。
私はコンマ数秒返答に困ったが、それを表に出すことなく、こう答えた。
「大丈夫。私たちと何も違わないよ。なぜって、そうなるように作られているんだからね」
そう言って最後にウインクをすると、孫娘は安心したようににっこりと笑う。
そうだ、それでいい。
「合格だ」
私のその声を合図に、椅子からエアーで射出されたビニールが一瞬で笑顔の孫娘を包み込む。
続いて、格納されていた段ボールが床からガス圧でせり上がり、座席ごと箱詰めにした。
ほどなくして箱からビープ音が鳴り、記憶媒体の工場出荷状態へのリセット完了を告げる。
孫娘は、無事『孫』となったのだ。
――主に独居高齢者のケアを目的とした、人工知能搭載アンドロイド、通称『孫』。
家庭医学や老年医学、そして老年心理学の知識を持ち、高齢者の心身のケアをする他、全国の行政・医療各機関と常時オンラインで接続され、対象に異常が起これば必要な場所へすぐに通知が行くように設計されている。
ここは、その『孫』たちの最終試験場だ。
運動性能のバランスや、知能の年齢設定が適切かを判断するとともに、人の持つ「ゆらぎ」や「あいまいさ」に対し、自身の判断基準をある程度柔軟に変化させることができるかのチェックが行われる。
今回の孫娘も、とても愛らしく、そして賢かった。
最後の質問は減点に値するが、あんな笑顔で送り出してあげることができたのだから、問題ないだろう。
「孫娘C38-5727a/t、スタンバイ完了。出荷します」
孫娘の梱包が無事終了したのを見届けた私がそう言うと、天井のハッチが開き、アームが箱を掴む。
そのまま、段ボール箱に入れられた孫娘は配送ラインへと向かっていった。
さようなら、かわいい孫娘。
私が席を立つと同時に、店の他の客たちも一斉に席を立った。
私たちは列をなし、店を出ていく。
帰ろう。
次の『孫』に会うために。
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