【ショートショート】『アナログバイリンガル』
「須田くん、この論文の翻訳を頼むよ」
「わかりました」
教授が渡した紙の束を、須田先輩は顔色ひとつ変えずに受け取った。
さすが先輩。
あんな量の論文を翻訳しろなんて、私なら絶対泣く。
しかも、今どき紙に印刷したものなんて。アナログもいいところだ。
先輩はすぐにパソコンのキーボードを机の隅に片付けて、引き出しから何かを取り出した。
分厚い英語の大辞典、レポート用紙、それに鉛筆……!?
「須田くんはアナログ志向でね。印刷された文章じゃないと訳せないんだ。本当、彼女はすごいよ」
私が呆気にとられていると、教授がそう声をかけてきた。
すると、先輩は猛烈な速さで辞書を捲りながら、レポート用紙に訳文を書きつけていく。
だが、しばらくすると、その手がぴたりと止まった。
こちらを気まずそうに振り返ると、先輩は言った。
「あのー、カナダからオンライン通話が来ているので、出てもらえます? 私、リスニングはカセットテープかレコードじゃないとダメなんで……」
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