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[小説] 君が結界を破ったら 2 [終]
version B 〈題名のない小説〉 [終]
鉄橋で起きる「大迷惑」に対抗すべしと、電車の車体に絶対に破れない結界が張られた! 結界は本当に破られない? 話の終わりで僕は、君を護るために君を消すことを決意する──。題名のない小説は君を消してから。
048/きみがけっかいをやぶったら
2019年4月4日完/四百字詰原稿用紙4枚(version B)
ほら、電車が走っている。いちめんのステンレスに二色の帯をまとった車体に、これから起こる「大迷惑」に対抗しようと絶対破れない結界が張られた。
さあ駅に到着。「大迷惑」を引き起こす存在は憂鬱な乗客たちの中にいる。扉が閉められた電車はぐいぐい加速し、やがて轟音を響かせて鉄橋を渡っていく。光射し込む蒼と翠の川の上で「大迷惑」が始まった。
ぎりぎりに乗って向かい側に腰を下ろした高齢の小汚い女、「ちょっと、邪魔すんなよ!」と怒鳴って目の前のふくらはぎを蹴飛ばした。人間として登場しないはずが人間だったこの女は上流の山が見たいようだ。
電車の揺れにも翻弄されてバランスを崩した男性が手すりをつかむ。何やら愚痴をもらしたが聞こえず、「電車がもう五十四秒も遅れてるんだ、どうしてくれる!」と叫ぶは自分がぎりぎりに乗ってきた問題の高齢女。しかもたった一分? 実際はその一分さえ遅れてなかったはずで、それを知るのか奥の座席で男性が不機嫌に咳払い、だだんと足を踏み鳴らした。
そばで驚いて鞄を落とした女学生を指さし、汚れた高齢女が「臭う、この娘はさっきから汚い血をだらだら流してるんだ。早く早く娘を始末せよ!」と抗議するように手を広げた。怪我? わけが分からない、いや生理ってことか。それは若い頃のあんたもだろうと軽蔑の視線が車内から集まった。
電車が鉄橋を渡りきり、足元の金属音が穏やかになった。
反対にもう十分怒っていた面倒な女が振り返って「そっちの奴らはあたしが殺すよ!」ととうとうぶち切れ、鬼の形相で腰を上げ懐から取り出すは大型のプラスチック定規! こんなので暴れる気か? 敵は全員だぞ? 薄汚れた女は「そっちの奴ら」の一人目に襲いかかった。
瞬間、電車が急減速!
一気に進行方向へ倒れ込み、近くに立つ女学生の腹に頭から飛び込んでしまう。女学生は苦悶の表情で後頭部を連結部分の貫通扉に激突させ、人の力で損傷するはずがないガラスにひびが華火を描いた。華火には血が色を添え、「汚い血だ! こっちも穢れた汚い血だ!」と自分こそが汚い高齢女が指さして罵る。
あまりの光景にあっけにとられ、誰一人傷を負った女学生に声を掛けず、ただただ言葉を失って惨状を眺めていた。壁の非常通報器を使おうともしない。電車は速度を抑えて走った先の駅にふわふわ停車している。「大迷惑」は電車が走るうちに終了して高齢女の爆発も治まったが、通常起こらない一度目の減速が被害を大きくしてしまった。
電車がそろりそろり駅を離れていく。危険だった女はいつの間にかホームに立っており、こちらを振り返ったところで後方へと消えた。車内に残った真っ当な人間たちから、何とか起き上がった女学生に手を貸す者がやっと現れる。命はまだ消えていなかった。
「ああいう危ない客は、あなたみたいな若い人が何とかしなきゃ」
え? 上品そうな中年女性から非難の声。はっとする僕は確かに座席にくくりつけられたみたいに何もできなかったが、前もって絶対破れない結界は張っていた。問題は「大迷惑」に対抗して張った結界がその「大迷惑」を防げなかったこと。高齢女はどんなに醜くとも人間だから破る必要すらなかった。人間じゃないはずだったのにどうして、計算が狂ってしまった。もう最悪。
ほら、全てあの汚れた女が悪いのだ。
さて、題名はどうしようか。
![Fin.](https://assets.st-note.com/img/1700051088341-yYEnVgt5Rp.png)
はい、おかしな小説を最後まで読んでいただきありがとうございます。君のいる小説version Aと君を消した小説version B、どちらが楽しかったですか? 私はさすがに君がいる小説ですかね──って、わざわざversion Aのためにあとで書かれたBの立場は?
ちなみに鉄橋のイメージは、京王電鉄京王線の多摩川橋梁です。
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