タクシーにて【ショートショート828字】

「あれっ、お客さん、ドラマに出ている俳優さんじゃない?」

 タクシーに乗り込み、しばらく走ったところで、僕は運転手から声を掛けられた。やっぱりきたかと思い、僕は返事をする。

「あ、わかりますか?」

「わかるよぉ。マスクしててもさ、そのくっきりした目元で一発だね。それにしても男前だなぁ。」

 運転手はバックミラーで僕の顔を眺めながら続ける。僕の目元はかなり特徴的らしい。こんな風に言われるのは毎度のことである。「そんなことないですよ。」といつもの台詞を返す。

「なに、ドラマの撮影の帰り?」

「そうです、今日も一日撮影でくたくたですよ。」

「それはお疲れ様だねぇ。そういえばさ、なんか最近熱愛報道出てたじゃない?あの六本木の高級マンションに住んでる綺麗な女優さんとさ。あれ、でも今日は中目黒に向かえばいいんだよね?」

「ああ、運転手さんあれ信じてるんですか?あれは誤報道ですよ。多分僕のそっくりさんなんじゃないかなぁ。」

「え、そうなの?」

「そうですよ、僕からしたらいい迷惑ですよ。僕は毎日ドラマの撮影でクタクタになって、中目黒の自宅に直帰しているというのに、どこかのそっくりさんのせいで…」

「そうなんだ、マスコミは怖いねぇ。」

「本当ですよ。あ、運転手さん、マスコミに聞かれても僕の家の場所とか教えないでくださいよ!あとドラマ終わって直帰っていうのもなんか根暗みたいで恥ずかしいんで秘密で!」

「わかったよぉ。それにしても有名なイケメン俳優さんがこんなに気さくだとはなぁ。」

 中目黒の高級マンション前に着き、僕は和やかに支払いを済ませてタクシーを降りた。あの運転手は口が軽そうだから、マスコミに取材されたら秘密と言ったことを全部話してくれるだろう。

 僕と目元だけがそっくりな本物の俳優は、今頃六本木のマンションで例の女優と楽しく過ごしているのだろう。僕はマスクを外し、北千住の自宅に向かうべくタクシーに向かって手を挙げた。有名俳優のアリバイ作りの影武者もなかなか大変である。

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