雨の町【ショートショート702字】

「魔術師さん、明日は中学校の体育祭だから、雨止ませといてー」

「はい、わかりました!」

 課長に声を掛けられて、私は元気よく返事した。私は5年前から、町役場の観光課に勤めている。ニックネームは「魔術師」。というのも、町に降る雨を自在に止ませることができるからだ。


 A町は雨の町だ。三方を山に、一方を海に囲まれた古い町。年間降水日数は300日を越え、住民の体感としては「いつも雨が降っている」という状態だ。

 A町は5年前から「雨と霞の町、A町」をうたって観光客を呼び込んでいる。A町は古い民家や蔵、石畳が多いので、雨の景色は風情があってサマになる。有名な写真家が発表した町の写真が、まるで有名な映画の一場面のようだと話題になったのもあり、観光客は年々うなぎ上りである。周りの町と比べてこれといって特徴のないA町に、以前は観光客などほとんどいなかったことを考えると、観光収入の増加は劇的だ。観光課としても鼻が高い。

 町の名物はもちろん傘だ。傘屋が立ち並び、ここでしか買えない限定の傘を売っている。住民たちも、カバンや靴を取り替える感覚で、ファッションの一部としていろいろな傘を持つ。あまりに傘が売れるので、傘工場や傘職人がうちの町に集まってくるまでになった。

 ただ、観光の面ではありがたい雨も、住民にとっては厄介な時もある。運動会、花火大会…晴れの日のほうが縁起がいいということで、入学式や入社式もそうだろう。そんな時は私の出番である。


 私は階段を上がり、町役場の屋上に出る。相変わらず調子よく雨だ。私は5年前に我が町が導入した「自動雨降らし機」のバルブをひねって閉める。これで明日は町中がすっかり晴れるだろう。


カナヅチ猫さん、秋谷りんこさんの作品を拝見して、こちらの企画参加させていただきました!


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