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もったいない【ショートショート927字】

 その男の口癖は「もったいない」、好きな言葉は「一石二鳥」である。食事しながらビジネス本を読み、風呂場にスマホを持ち込んで映画を観、仕事中のデスクの下で足上げ腹筋をすることを習慣にしていた。とにかく一度にやれることはできるだけ多くやりたい。時間がもったいない。

 ある日、YouTubeを見ていると、食事しているところを動画にしている配信者を見つけた。男はこれだと思った。自分の生活の様子を動画で配信すれば、一石二鳥どころか一石三鳥が実現できるじゃないか!

 それから男は生活のほとんどすべてを動画配信するようになった。食事しながらビジネス本を読んでいる様子、を配信する。寝ている時さえ、その様子を配信すれば一石二鳥になってお得である。

 自分のアイディアにご満悦の男だったが、視聴者数はなかなか伸びない。なぜだろうと人気のある配信者を見てみると、みんな顔がいいことに気づいた。男は思い切って整形をすることにした。もちろんその過程も全て動画にする。

 整形の過程をありのまま映した動画で人気に火がつき、また目と鼻を整形してイケメンになったということもあって、男は人気配信者の仲間入りをした。生活の様子を配信しっぱなしにするとファンが集まり、男にかなり多くの収入をもたらした。男は大変満足だった。


 そんな中、男は最近咳がよく出ることに気づいた。視聴者から、寝ている時にも咳をしているというコメントが寄せられた。男は心配になり病院にかかった。診断は肺がんだった。

 がんは気づかぬうちにかなり進行していたようだった。男は愕然としたが、がん治療の様子を配信すれば一石二鳥だと頭を切り替えた。

 男は治療の様子を配信し続けた。その動画を見て新たなファンも多くついた。しかし、不幸なことに進行がかなり速く、男は余命を宣告されるまでになった。

 男は最後まで配信を止めなかった。男が死ぬところを映した動画は大変な話題となった。男はその時、ベッドの上でこう言い残した。

「僕の死はもったいなくありません。配信しながら死ぬので一石二鳥です。一石二鳥の人生でした。」

 ファンたちは男の死を悲しんだが、すぐに忘れて別のことに夢中になった。一石二鳥の人生とは一体どういうことだったのだろうか。

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