【風俗街で育って】 メルとミルク 【自己紹介】
こちらは、自己紹介に代えて。
◆ メル×ミルク ◆
私の記憶のはじまりは、煙草のヤニで曇った鏡。
赤い布がかけられた、小さな木箱の上のそれは、私を、あるいは、時間いくらで男に抱かれる女達を写して、安っぽいピンクの縁取りで飾りつけた。
女の群には、母もいた。
ひとつに結んだ黒髪と、乾いた唇をした控えめな女性が、安っぽい鏡の前で、およそ上質とは言えない化学物質を顔面に塗りたくって、男を喰うばけものになっていく。
その背中を私は何か──グロテスクな映画でも見るような気持ちで、視界の端に眺めていた。
ばけものは、あまり喋らない。
優しく穏やかな母と同じ手で私を促し、隣のビルの小さな劇場の、ダンサーの娘の所に連れて行き、
「メルちゃん、お願いね」
それだけ言って手を離す。
少し年上の『彼女』は、女の子に人気のお人形がお気に入りで、その人形の名前が、いつしか彼女の名前になっていた。
ステージで踊る彼女の母。
客の相手をする私の母。
劇場を照らす照明の隣から、ふたりで見下ろす小さな世界は、安っぽく醜悪で、男女の欲の掃き溜めのようで、だからこそ飾らず正直で、どこか愛すべき愚かさで出来ていたように思う。
照明の後ろのたった二枚の畳の上で、ショーが終わっても帰らないばけもの達を、私達は何日も、何ヶ月も、何年も待った。
疑問に思ったことはない。不満に思ったこともない。ばけものの子である事を、誇ることもなければ、恥じることもない。
「子のために男を喰うばけもの達が、子のために持ち帰る様々」
それを喰って成長したという、ただの事実があるだけだ。
ばけもの達が枯れ、私達がステージを代わり、劇場主が優しい老婆から、顔だけが綺麗な糞袋のような男になった頃。
ばけもの達は化粧を剥ぎ、ただの質素な中年女になって、過去の栄光を私達に映しながら、その残光に灼かれた男に飼われていた。
ばけもの達は役を終えた。
では、私達の役は?
歌い、踊り、演じるのは、私達には自然なことで、息をするよりも容易かった。
躾のいらない私達に、糞袋は大喜びで客を呼び、或いは、客の元へ私達を送り、順調に糞袋を肥やしていった。
その中で彼女は酒と煙草で声を失くし、私はあるカメラマンと、他の誰にも撮らせないという契約をして、自分の姿を失くした。
どうしてあの夜だったのか。
理由はわからない。
ただ、雨が降っていたように思う。
時間いくらで男に抱かれる女達が入れ替わった以外には、時間が止まったかのように何年も変わらないその部屋に、いつもの黒服とは違う男が来た。
それは私達の元に通う、金持ちだとか色男だとかそういうのではない、冴えないただの小太りな男で、けれど「人」とはこういうものだと、私達に教えてくれた男だった。
「車で彼女が待っている。大切なものだけ持って乗りなさい」
理由もわからないまま『仕事』に行くバッグを手に取り、私は、あの鏡を振り返った。
スマートフォンに夢中な女達は、鏡にも、男にも、私にも、誰一人興味がない。
私は小さな木箱の上で、安っぽいピンクの縁取りの鏡を赤い布に包んでバッグに入れ、ビルの裏に停められた男の車のドアを開けた。
中には先に彼女が乗っており、悪巧みをする悪戯っ子みたいに口の端を上げて、ニヤリと私に笑いかけた。
私は小さく笑って返し、初めて自分の笑い声を知った。
それが、私達の「はじまり」。
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
【関連作】
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
【X】甘沼みるく
@AmanumaMilk
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
【ロゴ】夜伽ポルカ様
@PolkaYotogi
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
【メインイラスト】きまぐれびと様
@kimagure_ff
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?