【風俗街で育って】ボードレール『酔へ!』 元ストリッパーの舞台で【詩の朗読】
開幕のブザーが鳴っても、ざわついている観客。それはストリップを引退した『お姉さん』の『芝居』の初舞台で、その人が『そう』であったことは、多くの観客が知っていた。
主演の女性は固定のファンがついているような人で、彼女はその妹役。それが元ストリッパーであることに、反発する人は多かった。
(……どうしよう)
客席で子供が一人思い悩んでも、できることがないのも、わかりきっていた。
私がここで声をあげても──、彼女がテーマパークの素晴らしいダンサーだったこと、でも怪我をして辞めなければならなかったこと、生きるためにストリッパーになったこと、ストリッパーに求められるのは今時、性的な見せ物よりもダンスやフィジカルであること、だからこそ限界を感じて、ずっとしてみたかった『芝居』に身を投じたこと──、それを叫んでも、きっと聞いてくれる人はいない。
知り合いの脚本家の舞台だった。彼女に芝居を勧め、役を与えたのなら、お客さん達に言っておいてくれればよかったのに。
「脱ぐのかな」
誰かが言った。違う。そういうお話じゃない。
隣で、一緒に来ていた“める”が舌打ちした。彼女は私以上に、お姉さんも脚本家も知っている。だからきっと、悔しさも私以上だ。
泣きたかった。これじゃ、お姉さんも泣いちゃう。どうしよう、どうすれば、と耳を塞いだその手を貫くように、鋭い声が『鳴った』。
「──酔え!」
観客は圧倒されて、拍手も起こらなかった。
「ボードレールだ……」
めるが隣で呟いて、ニヤリと笑った。
その後のお芝居のことは、あまりよく覚えていない。それはその後に寄せられた感想や記事からも明らかで、圧倒されたのが私だけではないことがわかった。
脚本家のおじさんががっかりするのでは、と心配したけど、
「ボードレールじゃ、勝負にならないからなあ」
と笑っていた。
何かを始める時
気持ちを入れ直したい時
あんなふうにかっこよくなりたいと思った時に、読んでいる詩です。
◾️ボードレール『酔へ!』
富永太郎 訳
常に酔つてゐなければならない。
ほかのことはどうでもよい――ただそれだけが問題なのだ。
君の肩をくじき、君の体からだを地に圧し曲げる恐ろしい「時」の重荷を感じたくないなら、君は絶え間なく酔つてゐなければならない。
しかし何で酔ふのだ?
酒でも、詩でも、道徳でも、何でも君のすきなもので。が、とにかく酔ひたまへ。
もしどうかいふことで王宮の階段の上や、堀端の青草の上や、君の室の陰惨な孤独の中で、既に君の酔ひが覚めかゝるか、覚めきるかして目が覚めるやうなことがあつたら、風にでも、波にでも、星にでも、鳥にでも、時計にでも、すべての飛び行くものにでも、すべての唸くものにでも、すべての廻転するものにでも、すべての歌ふものにでも、すべての話すものにでも、今は何時だときいてみたまへ。
風も、波も、星も、鳥も、時計も君に答へるだらう。
「今は酔ふべき時です! 『時』に虐げられる奴隷になりたくないなら、絶え間なくお酔ひなさい! 酒でも、詩でも、道徳でも、何でもおすきなもので。」
【引用元】
https://www.aozora.gr.jp/cards/001732/files/55451_50088.html
地獄の門を作ったロダンは、当初ダンテの神曲
をモチーフにしていましたが、徐々にボードレールが描く地獄観に、作品が寄っていきました。
ダンテの『神曲』と、ボードレールの『悪の華』の読み比べもしてみたかったり。(長い)
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