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カモノハシに卵を運ぶ仕事。

 私は国から与えられた極秘の仕事で生計を立てている。

 その仕事とは、カモノハシに卵を運ぶ仕事である。餌として卵を与えるのではない。文字通り、彼らに子どもを授ける仕事だ。

 彼らに卵を運び、彼らが卵を孵す。そうすると、彼らの赤ちゃんが生まれてくるのだ。これが誰も知らないカモノハシの秘密である。

 カモノハシは何とも奇妙な生き物だ。

 クチバシがあるし、水辺で生きるし、言葉も話す。そして何より、自分の産まない卵から孵る。

「こんにちは、今日の分の卵を置いておきますね」

 いつものように私が言って、

「ありがとう、毎度助かりますわ」

 いつものようにカモノハシが言う。

 この卵はどこから湧いて出ているのか。どうしてこれが孵るとカモノハシになるのか。ただの運搬担当の私には知る由もない。仕事に就いて初めのうちは、この喋る動物と卵の秘密にある種魔法のような感覚を抱いていたが、今となっては最早流れ作業のようだ。

 そんなでも、やはり奇妙さをぬぐい切れたわけではない。ある日、私はどうしても気になってカモノハシに尋ねてみた。

「どうしてあなたたちは卵から孵るの?卵はどこから来るの?」

 あら、とすっかり顔見知りになったカモノハシは声を上げた。そばには子どもたちが戯れていて、ぴーぴーと鳴いている。

「そんなに気になる事かしら」

「とっても」

 彼女は特に表情は変えなかった。いつもの穏やかな眼差しを私に向けて、一つ瞬きをした。

「別に不思議な事じゃあないわ。あなたたち人間だって、コウノトリに運ばれてきたりキャベツ畑から生えてきたりするじゃない」

 この純粋なカモノハシに出鱈目を吹き込んだのは一体どの職員だろうか。

 ある日いつものように顔見知りのカモノハシに卵を届けると、彼女はもっさりと顔を上げた。いつものような溌溂さがない。

「どうかされました?」

 丁寧に整えられた藁のベッドに慎重に卵を置く。いつもの作業の片手間に、軽く声をかけるかの如く尋ねると、カモノハシは返事に一つ溜息をついた。

「あなたと会えるのもこれが最後になるのかと思うと悲しくなってしまって」
 
私は作業の手を止める。

「どういうことです」

「あら、聞かされてなかったかしら。あのね、私たち絶滅するの」

「絶滅ですって?一体何故急に、そんなこと」

「別に急ではないわ。そう決まってしまったらそうなるの。そういうものなのよ」

「だってまだあなたは生きているじゃないですか」

 私は事態を呑み込めない。急に絶滅すると言われても、今目の前にいるこのカモノハシが消えてなくなってしまうことなど想像もできなかった。

「私ももうじき機能を停止させられるわ」

「機能……停止……?」

 困惑する私を余所にカモノハシの彼女は藁のベッドに視線を寄せた。その上にはたった今私が運搬した卵が寝転んでいる。

「お願いがあるの」

 彼女は言った。

「何でしょう」

「その卵、貴女が引き取ってくださらない?」

「私が、ですか」

「そうよ。もしかしたらまだ卵で守られているうちは絶滅しないかもしれないから。無事に孵ったら、貴女に育てて欲しいの。貴女なら安心して任せられるから」

「でも……」

「じゃ、お願いね」

 軽いお使いを頼むような口調で彼女は言って、それからどさりと地面に突っ伏した。彼女が目を開くことはもう無かった。

 それからカモノハシは絶滅した。私は仕事を辞めた。辞める際に異動を提案されたが断った。‟シカの角を生やす仕事”だと説明されたが、カモノハシのことが忘れられそうになかった。

 約束通り私は卵をこっそりと引き取って、家に藁のベッドを敷いた。卵はびくともせず、ずっとそこにある。やはり卵の殻も中のカモノハシを守るには至らなかったのだろう。それでも私は卵を処分しきれず、何となくそのままにしておいた。

 それから何日か経って、私が新しい勤め先を見つけた頃だった。

 パキッ

 と、藁のベッドの上から音が聞こえてきたのだった。

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