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番外編6「100円玉がない」第4話(全4話)

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100円玉をさがすだけの話、完結編。(今回の文章量:文庫見開き強)

「壮馬さんは、先にあがってください。わたしは100円を見つけるまで休むわけにはいきません。それがわたしの責任であり、義務です」

 この子は本気で言っている。
 一緒に夕飯を食べるためには、気づかれないよう速やかに木箱に100円玉を戻し、もう一度数え直すしかない!

 幸い、雫はしゃがみ込んだまま歩き回り、床に視線を固定させている。

 一つ唾を飲み込んだ俺は、雫の後ろに回って屈むと、そっと手を伸ばして100円玉を指先でつまんだ。雫は、床の方に集中して気づいていない。可能なかぎりそっと手を動かし、白衣と緋袴の間から100円玉をつまみ上げる。

 ──よし、成功!

 次いで息を殺し、衣擦れの音すら立てないように細心の注意を払いながら、木箱へと腕を伸ばす。50センチ、30センチ、20センチ……全身が汗ばむ中、100円玉と木箱の距離が縮まっていく。雫は気づいていない。大丈夫、いける!──と確信した瞬間。

 汗ばんだ指先から、100円玉が滑り落ちた。

 あ、と声を上げる間もなかった。100円玉は「チャリーン」と甲高い音を立てて机の上で跳ね、フローリングの床へと落ちていった。そのまま、くるくる回転して床を転がり、雫の目の前で狙いすましたようにとまって倒れる。

 静寂が、事務室に落ちた。

 雫は大きな瞳をさらに大きくし、突如出現した100円玉をただただ見下ろす。

「──どこから出てきたんですか?」
「雫さんの、白衣と緋袴の間に挟まっ……あ!」

 適当にごまかせばよかった、と気づいた俺は、「まあ、見つかってよかったですよ」と慌てて言葉を継ぐ。

 雫はほおをひくひくさせ、震えを抑えつけたような声で「白衣と緋袴の間に?」と言った。
 こんな声を出すなんて。

「雫さんは悪くありませんよ。自分を責めないで」
「責めてません──反省しないといけませんけど、いまは──」

 様子が変だ。俺が眉根を寄せるのと同時に、立ち上がった雫は袖で口許を覆い、顔をそむけた。

「わたしはお先に失礼します。壮馬さんは、片づけをしてから戻ってきてください」
「片づけもなにも、あとは着替えるだけ──」
「いいから! 5分はここにいてくださいよ。ごめんなさい」

 雫はそれだけ言うと、駆けるように事務室から出ていった。訳がわからなかったが、自分を責めている風でもなかった。あれは、もしかして──。

 笑うのを我慢していたのでは?

 雫も、箸が転んでもおかしい年頃だったということでは──なら、すなおに笑えばいいのに。俺の前で笑ったら死んじゃう病にでも罹ってるのか、あの子は!

 でも、まあ、そういうところもかわいい。

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