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番外編6「100円玉がない」第2話(全4話)

第1話はこちら

壮馬が言っている「裏技」は取材した神社とは一切関係ありません、念のため。(今回の文章量:文庫ほぼ見開き)

「どうして足りないんでしょう、100円……」

 机に置いた木箱にお金を戻しながら呟く雫に、なんと言ってよいかわからない。

 雫が数えているのは、お守りやお札の代金だ。一つ売る度に記録をとっているのだが、本日の売れた個数と売上金額が合わない。具体的には、売上が少ないのだ。
 たったの100円。

 神社では、参拝者にお守りなどを〝売る〟場所を授与所という。お守りやお札は神さまが宿っているものとされるので、〝売る〟のではなく「授与する」ものだからだ。
 俺からすれば、参拝者からお金を取っている時点で〝売る〟と同じだと思うのだが、そんなことを言ったら雫の逆鱗に触れてしまう。

「どこかに落ちているとしか思えません。徹底的にさがしましょう」
「宮司さまは『100円くらい構わない』とおっしゃってましたよ」

 颯爽と立ち上がる雫に、駄目元で言ってみる。宮司というのは、各神社で働く神職たちを束ねる存在、言ってみれば社長のようなものだ。
 ちなみに、この神社の宮司の名は草壁栄達。11歳年上の俺の兄貴で、先代の宮司の一人娘・琴子さんと結婚して婿養子になった。

「それは宮司さまの本意ではないでしょう。参拝者さまからお納めいただいた大切なお金ですから、計算が合うならそれに越したことはないはずです」

 雫は予想どおりの言葉を、予想以上にきっぱりした口調で言った。

「なら、お賽銭から100円取り出しませんか」

 参拝者が賽銭箱に投げ込んだお金を失敬して授与所の金額を合わせる──神社のちょっとした裏技らしい。「宮司さまも計算が合わないときはやってますし」と続けようとして、俺の全身は凍りついた。
 雫から逬る、激しい冷気を目の当たりにして。
 逆鱗に触れた、と思ったが、もう遅い。

「参拝者さまが神さまに捧げたお金をそんなことに使うなんて、許されるはずありません。宮司さまが聞いたら、がっかりしますよ」

 その宮司さまから教えてもらったのだが、とても言えない。

 参拝者には「ようこそお参りでした」と、とびきり愛らしい笑顔を見せるくせに。「愛嬌を振り撒くのは巫女の務め」と大まじめに考えているんだよな、この子。同僚の俺にも、その1万分の1でいいから愛嬌を振り撒いてほしい。17歳と言えば、箸が転んでもおかしい年頃なのに──なんて叶うはずのない願いはさておき、100円だ。

 早いところ見つけて雫とご飯を食べたいのに、どうしたものか。

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